アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

道を比喩で語る

2008-01-29 06:07:33 | 老子
◎老子 第56章 知者不言


『知る者は言わず、言う者は知らず。

道の体得者は、人生に於いてその感覚的な欲望を抑え、意欲的なものを制圧し、そして無用に才能智慮をあらわさぬようにし、争いのもとを解き、他人と異なったところを見せないで全くそれと一体になってしまう。

これを玄同、則ち玄なる道への同化というのだ。かくのごとくなる時、人はこれと狎(な)れ親しむことができないし、これを疎んずることもできない。

或いは又これを利用することもできないし、又これを害することもできないし、反対に賤しむこともできない。

だからこれによって初めて天下の最も貴ぶところとなることができる。』

道を知る者は、道をことばにして表現することができないと述べている。

言葉により明確に表現できないことは、既に第十四章に微妙な言い回しで既に出て来ている。道のことは、比喩することができるくらいである。

言葉とは想念であり、その社会の通念を抜きにして表現することはできないから、同じ音の言葉でも、時代を経ると全く違った意味の言葉になっていることがままある。

道の体得者が、乞食の一群に身を投じ、他の乞食と見分けがつかないことは、26歳の大燈が,京都五条橋下の乞食や病人や非人の群れに身を投じ,20年の修道生活を送ったことや、桃水が清水寺の裏で乞食をやった時に、なかなか見つけにくかった故事で知られている。

達磨が老子の悟境を肯定しつつ、たびたび言及していることにも留意したい。


    1日1善。1日1クリ。



コメント   この記事についてブログを書く
« 鶴林玄素 | トップ | ラスプーチンの力 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

老子」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事