アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

3.悟りの必要性-17

2009-02-18 05:59:01 | 夢と真実
◎ソドムのロト

悟りの必要性という切り口で書くと、とうしても功利的な発想のにおいがつきまとうが、真相はそうではないことを改めて強調したい。

善行を積んで、将来天国に入りたいとか、みんなが善人になれば、この世は地上天国になって生活しやすくなるから、だから自分は善人になりたいとか、現代社会は地獄的様相を呈しており、このままでは世界戦争が起きて天変地異も発生して世界は滅亡しそうだからそれを避けるために、皆が悟らねばならないのだ、みたいな計算高いことを言っているように見えるかもしれない。

それは結果としてたまたまそうなるかもしれないが、そんな打算に基づいた行動をいくら繰り返しても、状況は決して良くはならないことも強調しているつもりなんだけれど。

煎じつめれば、当たり前に生きる、一生懸命本当に生きる姿の行き着く先が悟りであるということになる。ところが、ほとんどの現代人にとっては、当たり前に生きる、一生懸命本当に生きるって何のことかイメージすらも浮かばない。

そこで冥想する。
打算もなく、何の期待もなく、しみじみと坐ること。これから始めるしかない。

旧約聖書の創世記に、ソドムの町に正しい人が10人いれば、町全体を許してやろうと神に告げられたが、結局正しき人は、ロトの家族しかいなかったというエピソードがある。ロトはもともと町全体を救ってやろうという計算があって、正しい人になったわけではないだろう。そんな下心があれば、『正しき人』にはなれないからだ。一旦はそんな下心すら捨て去った人だけがそうなるものだと思う。

こうしたかそけき感触にピンと来る感受性がある人しか冥想を始めないのだろうと思う。




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