アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

スウェデンボリの低呼吸

2010-08-25 06:04:32 | 究極というものの可能性
◎知的完成の黄金時代

スウェデンボリは、大部の霊界探訪記で知られる。しかし悟り云々ということよりは、霊界の高級神霊の存在の紹介に軸足があったようである。
冥想が深まれば低呼吸になり、呼吸がだんだん落ちていくとトランスに入るそれをスウェデンボリも承知していた。

『スウェデンボリは、少年時代から呼吸の制禦を学んでいた。長時間呼吸を止めれば、一種のトランスに入ることができる。また呼吸を脈拍と同調させれば、トランスを深めることができる。

「時に私は肉体の感覚に無感覚の状態となり、つまりほとんど死に行く人の状態となり、それでも内なる生命は損なわれることなく、思考力もあれば、生命維持に最低限必要な呼吸は続いていた」。

この訓練を辛抱強く続けると素晴らしいことが起こる・・・・・・
「精神の領域の周囲で、喜ばしい光、確かな輝きが踊っている。そしてある種の神秘的な放射が・・・・・脳の中の神殿から放射されている・・・・・魂はより深奥の聖餐に与り、その瞬間知的完成の黄金時代に回帰する。精神の・・・・愛の炎は比べるものとてない。これに比べれば、全ては単なる肉体的な喜びに過ぎないのだから」。』
(秘密結社版 世界の歴史/ジョナサン・ブラック/早川書房P486-487から引用)

「呼吸を脈拍と同調させる」とは、心拍数も呼吸数も、呼吸が落ちていけばだんだん少なくなっていくことを指しているのだろうか。

登山家メスナーによれば、酸素の少ない土地での呼吸を続けると、想念・思考は低下し、情念・感情だけが生き生きと残るとしているので、スウェデンボリが低呼吸時において思考力が残ると行っているのは、思考力がゼロになるわけではないといった程度のことではないだろうか。潜在意識における外部からの情報や刺激に対する素直な受容性は知られているが、それは潜在意識における想念・思考力の不活発と無縁ではないように思う。

ここで注目すべきなのは、「脳の中の神殿から放射されているある種の神秘的放射」という言葉である。覚者ならば、脳なんて表現はせず、チャクラの位置について頭頂あるいは眉間という絞った表現をとるものである。これは、スウェデンボリが、自ら神人合一を目指さない「霊能力者」に留まるという限界を持つためだろうか。





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