アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

三尸とクンダリーニ

2007-03-28 07:24:30 | 道教
◎庚申伝説と冥想

道教の古典、抱朴子の微旨篇の、三尸(さんし)の説明がある。曰く、
1. 三尸は人の身中にあるが、形がなく、霊魂、鬼神のたぐいである。

2.三尸は、その人を早く死なせたいと思っている。なぜなら、人が死ねば、三尸は、死体に供えられた供物を食べ歩くことができるからである。

3.三尸は、庚申の日(60日に一日はある)になると、いつも天に登って、天の寿命を司る神様である司命にその人の犯した悪事を報告する。

4.その罪の大きな者に対しては、寿命300日を奪う。罪の小さな者に対しては、寿命3日を奪う。

また三尸の居場所は、上丹田(頭頂/アジナー・チャクラ)、中丹田(ハート/アナハタ・チャクラ)、下丹田(スワジスターナ・チャクラ)とされ、各一匹づつ、計三匹いる。

ということから、日本では庚申の日に、肉体を脱けだした三尸という虫が、司命に悪事の報告にいかないように、眠らないで起きて宴会をやる習俗があった。延命祈願の宴会ですね。

また毎月末には竈(かまど)の神も、悪事報告をなさるそうな。

さて、三尸が供物を食べ歩いたり、三匹いるというのは、土俗シャーマニズム的な言い伝えに変形したのだと思うが、その他の条件を考え合わせると三尸はどうもクンダリーニのエネルギー・コードのことを言っているように思う。

冥想を通じて、司命とコンタクトして、寿命の加減する様子を知り、なおかつ、いつも身中にあるものとは、様々な存在レベルを共通に貫くことが必要なので、クンダリーニくらいしかないのではないだろうか。

    1日1善。1日1クリ。



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