アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

苦しみから逃れたいと思う心

2012-03-30 06:10:28 | 密教
◎出離の心

ダライラマの悟りへの道の概説
『菩提心を起こすためには


空の理解は、「解脱」を得るためにも、「一切智の境地」を得るためにも必要な主な因となっており、煩悩障と所知障を滅するために、実際にその対策となって働くものです。

しかし、単に空に瞑想するだけでは、解脱を得るための因とはなっても、一切智の境地に至るための因とはなりません。密教の修行をするのであれば、それは大乗の教えであり、一切智の境地を成就するための教えなのですから、一切智の境地を得るための因を作らなければならず、それには「菩提心」が絶対不可欠な要素となっているのです。

つまり、「菩提心」に伴われた空の理解をもつことができたなら、それは一切智の境地を得るための因となりますが、空の見解が単に「出離の心」のみに伴われている場合には、解脱を得るための因にはなっても、一切智の境地を得るための因とはなりません。

ですから、密教の修行をする者にとっては、空の見解を育むことが絶対不可欠な要素となるだけでなく、その空の見解が一切智の境地を得るための因となるためには、菩提心に伴われていなければならないのです。

つまり、菩提心がなければ、密教の修行とはなりません。そして、出離の心がなければ、菩提心を起こすことは非常に困難です。なぜならば、菩提心とは、利他行(一切衆生を救済するための実践)への強い熱望を因として、その手段として自分が悟りを得ることを強く願う心のことだからです。

そこで、利他行への強い熱望をもつためには、他者に対する大いなる慈悲の心が必要となり、大いなる慈悲の心を起こすためには苦しみを認識することが必要となります。

さらに、苦しみを認識できなければ、出離の心を起こすこともできません。苦しみについてよく理解したうえで、苦しみから逃れたいと願う心のことを出離の心と言うからです。』
(思いやり/ダライラマ14世/サンマーク出版P63-64から引用)

人並みの生活ができない苦しみ、あるいはそうした生活ができない人々がいることを震災で痛感した人は多いだろう。これで「他に対する慈悲の心」。そして苦しみから逃れたいという出離の心が起こる。

この出離の心でもって、自分が悟りを得たいという菩提心を有することになる。しかしこれだけではダメとダライラマは指摘し、空についての理解が必要であるとする。

人間だもの、苦しみから逃れたいのは当たり前。でもそれだけでは、動物と変わりない。この世に起こるあらゆるからくりを見抜いて、自由に生きたいと思っているのではないか。
見抜くための一切智。


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コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (有)
2012-04-01 09:18:46
素晴らしいです。
その通りだと思います。
ただし、これは女性には当てはまらない。
自らの中に、永遠に繋がる宇宙を内包しているかどうかの違いは大きい。
有殿へ (湖南)
2012-04-30 07:23:11
コメントありがとうございます。

ご意見のような考え方はあると思いますが、女性を買いかぶりすぎではないかと存じます。

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