アヴァンギャルド精神世界

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七つの身体と下方互換

2017-10-11 05:27:12 | クンダリーニ・ヨーガ
◎現実認知の崩壊と微細身

七つの身体について並べて説明すると、いつそれぞれの身体を認識するのかという疑問が出てくるものだ。

一般には、こういう図式であれば、下方互換をイメージするので、例えば『メンタル体までわかれば、それ以下のアストラル体、エーテル体がわかるようになる。同様にアストラル体まで認識できれば、それ以下のエーテル体も認識できる。』というように想像するのだが、実際はそうではないらしい。

ダンテス・ダイジ座談の中で、いつ七つの身体を見るのかという質問があって、「第七身体であるニルヴァーナに入る直前。」と答えているところがある。またOSHOバグワンも同じようなことを語っているシーンがある。

要するに、一歩一歩肉体の次はエーテル体、それが済んだらアストラル体と万人が進んでいくわけではないらしい。

『微細身が肉体の外に出る瞬間、自然の秩序は必ず崩壊させられる。』(死ぬこと 生きること/OSHO/市民出版社p290から引用

肉体の外に出る微細身は、アストラル体、メンタル体だが、その時に自然の秩序は必ず崩壊させられる。

こういう情景を出口王仁三郎は、
『耳で見て目できき鼻でものくうて 口で嗅がねば神は判らず』と歌う。

そして、アストラル体での脱身は、ヘミシンクなどのおかげで神や悟りとは関係ないことが知られている。

結局アストラル体以下だけを認知しようという意図は、人のためにはならないので、どのボディを志向するにしても神、佛、ニルヴァーナとのコンタクトあるいは合一を狙って行かないとその微細身への興味は実のないものになろうということ。

一口に七つの身体は下方互換と言っても、それは覚者だけに許される見解であって、未悟の者にとっては何の意味も持たない説明だと思われる。

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