アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

七つの身体論の勘所

2019-01-02 06:38:56 | 現代冥想の到達点
◎逆転シーンまで届きにくい

七つの身体論をザ・ジャンプアウトでまとめてから始終感じていたことであるが、七つの身体論という七つを人は平板に見がちなものであって、それゆえに人に与えるインパクトは弱い。

だが逆転シーンが最大の見どころではある。このシーンは映画などの脚本においては大スペクタクルとなるべきところなのだが、覚者自身の述懐をみると、わりに淡々と表現しているような印象がある。その理由は、そうなってみると当たり前すぎるとか、言語を絶しているとかのことが想像される。

むしろ本人にとってインパクトがより大きかったのは、体外離脱とか、見性シーンであって、ここは大きな発見とか感動を伴っており、大いに語っていることが多い。

脚本を作る立場では、言語による描写が多い方が歓迎されるものであって、視聴者への訴求力もこちらの方が高い。

第六身体アートマンと第七身体ニルヴァーナこそ神であり仏であり絶対無であり道(タオ)なのであり、それが主役なのだが、主役にたどり着くまえに挫折しているのが、昨今の傾向。

要するに第二身体エーテル体から第五身体コーザル体は個であるからわかりやすく想像もしやすいが、肝心の第六身体アートマンと第七身体ニルヴァーナは、想像もしにくいからわけがわからないためなのだろうと思う。

わかりやすさという点では、弥陀の本願に救われて極楽の辺地に往生しましょうなどというやり方は大成功である。大衆布教の成功の鍵はわかりやすさだとつくづく思う。だからといって現世利益はほどほどにしないと人を誤らせる。

第二身体:エーテル体。気のボディで経絡に沿う。神経系のイメージ。気功や太極拳をやっている人で体感している人も多い。わかりやすい。

第三身体:アストラル体。魂とか霊とか言われ、死ぬと魂が抜けるとか生まれる時に魂が入るとか言われるので、なんとなく想像がつく。

第四身体:メンタル体。霊体の一種。メンタル体チャクラに上下はない。だが大悟覚醒シーンの要件にはなっている。まあそんなものだろうと想像はつく。

第五身体:コーザル体。個であるが一つのミクロコスモスなどという説明では何のことかわからない。クンダリーニ上昇シーンで、アートマの光の輪覚知の後にコーザル体が肉体から離脱しているのが知られている程度。個は個である。

第六身体:アートマン。キリスト教なら聖霊(意味が格段に広い)、本来の自己、十牛図の牛、空、この一つながりのもの、いづのめ、両性具有など。理屈の説明はわかる。だが自分のこととしては、ほとんどまったく腑に落ちない。
ここで逆転するのだが、アートマンが理屈で納得できなければ、誰も逆転に進もうなどとは思うまい。

第七身体:ニルヴァーナ。ボディの一種という説明なのに、なにもかもなしとか言葉での表現はできないとか、モクシャ。体験するシーンすらも想像できない。
第六身体同様に、自分のこととしては、ほとんどまったく腑に落ちない。

こんなわけで逆転をさらに語らねばならないと思う。
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