アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

タオとは何か

2006-01-13 04:15:57 | 老子
◎老子第25章 有物混成

この章は、タオそのものを描写している。タオが天として現れ、地として現れ、王として現れるのである。この描き方は、タオそのものから、人間という個別性(王)に戻っていくプロセスを体感して描いたものだろう。

『ここに一つのものがあり、それは形態的にはっきりと認識できぬようになっているものであるが、しかもそれは天地よりも先からあるものである。それは、声のないものであり、象のないものであり、独立して、時間的に始めもなく終わりもなく存在しているものであり、あまねくこの世界のすみずみまでゆきわたり、その至らざるところがない。そして万物の母となっている。

私はその名を知らない。他人はこれを道と言っている。強いてこれを名付けるならば大と言いたい。(大は動きのないものなので)その大は逝くものといわねばならない。逝くものは永遠の彼方に行くのであるから遠と曰ねばならない。しかし行きっぱなしでなく返るものなので、返と曰わねばならない。

この世に四つに大なるものがあり、道と天と地と王であり、世界四大の一つとして王がいる(王を道の体現者と見る)。人すなわち王の法は地、地の法は天、天の法は道、道の法は自ずから然り。』

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2 コメント

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 (プラシーボ。 改め YM王)
2006-01-13 12:15:36
ご無沙汰しております。

年明けに改名したのですが、それがYM王

(本当はYM王国なのですけど、便宜上「国」は省略)というものだったのです。

こちらの記事を今たまたま拝見したら、ちょうど王についても書かれていたことを知りました。

なるほど、道の体現者なのですね。。。そうありたいと感じました。ありがとうございます。
YM王殿へ (湖南)
2006-01-13 21:53:05
お久しぶりです。



老子では、一般庶民のことはあまり相手にしておらず、王か君子を相手に説いていることがほとんどです。



今とは、時代の精神性の相違がありますので、今はみんなが王か君子の気分で暮らしているように見えています。だから老子の一条一条がもっと直接的に響いてきていいと思うのですが・・・・。

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