アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

3.悟りの必要性-9

2009-02-08 05:40:18 | 夢と真実
◎肉体の死と自我の死の関係

死には肉体の死と自我の死があって、一般に、覚者、聖者たちの説明は、まず肉体死が自我の死ではないことを認識させることを第一に置く。

その次に生きながら自我の死を目指すべきことを説くことが多いように思う。

「社会的な死」とは、自我の死のこと。

チベット死者の書や最近流行のチャネリングものを読んでも、肉体が死んでも必ずしも全員が神を見たり、知ったりするわけではない。つまり肉体死と自我の死はもともと別と考えた方がよさそうだ。肉体の死は自我の死とは一般には連動しないが、なんとか連動させようとトライする理論を提示したのがチベット死者の書。

またアセンションという言葉は、人によって全く意味するところが異なるが、クンダリーニ覚醒プロセスをアセンションと呼ぶ場合は、肉体の死がまず先行して引き続き中心太陽に突入していくシナリオのことをアセンションとする。このケースならば、肉体の死に引き続き自我の死が起こる。


そもそも自分、自我こそが絶望の原因であり,自我の持つ欲望こそが地獄を作り出している真犯人である。だから自我が死ねば、絶望は愛へと転化する。つまり自我の死に対する恐怖は、自我の死によって解消されるが、多くの場合それは予想外な出来事となる。

言うまでもないが、絶望に叩き込まれた人の中で、冥想により自我の死から神に出会うルートをたどる人は極く少数であり、多くは自殺もできずに煩悶するだけであり、また発狂に至る人あり、また自殺へと逆噴射する人までいるので,きれいごとに終わるわけではない。





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