アヴァンギャルド精神世界

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続脊柱の33

2012-09-05 05:56:27 | 究極というものの可能性
◎聖アンドリュー

33は大いなる数字である。

脊柱の骨の数が33個。

平清盛の建立した蓮華王院三十三間堂は、観世音菩薩の33相にちなむが、地上では、西国三十三箇所にこれを配置し、このうちの穴太寺こそは、出口王仁三郎の故郷である。

古神道でも木花咲耶姫は、三十三相に身を現じている。霊界物語第6巻第二四章富士鳴戸によれば、三十三魂は瑞霊の意であり、天地人、智仁勇、霊力体、顕神幽とも言い、西王母が三千年の園の桃の開き初めたのも三月三日であり、三十三は女の中の女という意味である。

アフラマズダの天地創造では、最初に三十三の陸地を作り後これを七つに分けた(霊界物語76巻波斯の宇宙創造説)。

要するに、三十三は、現象側の数字であり、アートマンの表象であって、ニルヴァーナの表象ではないのである。梵、ニルヴァーナについては、男性の数字、男の中の男五十五を用いるに相違ないだろう。

そこで野球の長嶋茂雄が巨人の監督に復帰したときの背番号が33で、燦燦会とは、それを応援する財界人の集まりということになっているが、石屋の三十三階層を連想させないことはない。おまけに三十三階層のトップ階層は、監督ならぬ最高大総監だそうな。

三十三階層は七つのロッジに区分されていて、これを七つの身体に充てると個我の窮極であるコーザル体の最上級は第29位階の聖アンドリューの騎士ということになる。スコットランドの守護聖人は聖アンドリュー(アンデレ。イエスの12使徒のひとり)。

こうしたことからすると、石屋の三十三階層というのは、現象側の構造であって、窮極の側の構造ではないように思う。よって三十三の側だけ見ても半分しかわからないということになりそうである。

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