アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ビシュダ・チャクラ-メモ-2

2022-08-15 06:43:24 | チャクラと七つの身体
◎なんともいえない恐ろしい体験

本山博がビシュダ・チャクラを開顕するさいに、なんともいえない恐ろしい体験をしている。
『ちょうど、晩秋の夕暮れ、太陽の沈んだ直後、まだ薄明りが残って、空が透明なスミレ色に明るいとき、人や物が動いているのに、一瞬の間、天地が静寂そのもので、死んだように静まりかえって感じられるときがありますが、ヴイシュダが目覚めるときの感じは、これによく似ています。

淡いスミレ色の光がみなぎり、すべてが消えて寂滅を楽しむ感じがして、心は静けさそのものにつつまれます。
仏教の偈に
諸行無常、是生滅法
生滅滅已 寂滅為楽
というのがあります。これは、一切の万象は、生じ滅するものであり、この生滅を滅し超越して、寂滅(無の状態)をもって楽しみとするという意味ですが、ヴィシュダが目覚めるときの心境は、まさにこの寂滅為楽の境地なのです。

このような体験を数回繰り返しているうちに、自分の存在が無の深淵に対峙していることに気がついて、非常な恐怖を覚えました。もう、ヨーガ行を止めたいと思うほど、 その恐怖は鮮烈で、深いものです。これは、なんともいえない恐ろしい体験です。この体験の前後に、世の中のことや人に対する諦めや遊離の感じがよくしたように思います。

「死んでも生きても、絶対なる神の御意志のままに」と いう神への絶対の信仰がしだいにできてくると、この無の深淵に臨んだ恐怖もしだいにうすらいできました。この無の深淵に臨んだ体験の前後に、魔との出合いも経験しました。まったく筆舌につくしがたい恐ろしい体験です。』
(密教ヨーガ/本山博/池田書店P205-206から引用)

この深淵は、カバラのセフィロト(生命の木)の十球図に登場してくる。十球図は10チャクラに照応し、上位三チャクラと下位七チャクラの間に深淵がある。
上位三チャクラとは、上からサハスラーラ、アジナー、ビシュダだが、十球図の上位三球は、至高、知恵、知性であり、チャクラの機能と矛盾がない。つまりセフィロトにおいてもビシュダ・チャクラの目覚めの前に深淵があることを認めているということであって、本山博の見方と同じ。
なおチャクラは七ではないかと思われる人もいるかもしれないが、10チャクラ説の場合の下位3チャクラは、脚以下にあるのだが、動物のレベルにあって用いるものであって、近代人には不要として最近は七チャクラ説が用いられる。10チャクラ説の名残は、古神道にもあって十種神宝として残されている。

さてこの本山博の説明のようにビシュダ・チャクラ開顕直前の心境と恐怖について丁寧に説明しているものは稀であり、ほのめかしや比喩によらず直接自分の体験として描写されているのは貴重である。魔との出合いもある由。道教内経図で、関所として塔がビシュダの位置に置かれているのはそういうことかと首肯する次第。

出口王仁三郎の和歌二首。
『真清水の澄みて溜れる深淵は
  底の底まで澄みきらひたり

 この滝とこの深淵は主の神の
  御霊の凝りて集へるならむか』
(霊界物語第73巻第28章心内大蛇)
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