アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

蓮喰いびと

2016-09-30 05:19:16 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎車内でモバゲー、漫画

オデュッセイアに、国全体がアヘン窟のようになった蓮喰いびとの国が登場する。

オデュッセウスはトロイアからの帰途、御承知のように長い年月の間各地を漂流し、十年目にようやく故郷の島イタケーへ帰りつくのだが、これはその放浪の船旅のひとつのエピソードである。

オデュッセウスはキコネス族(多分エーゲ海北岸の蛮族)の国で戦った後、大嵐に見舞われ、九日間漂流をつづけて十日目に《蓮喰いびと》の国に上陸する。この奇妙な名をもつ国の住民がどんな人々かを調べるために部下を派遣すると、蓮喰いびとたちは別に害を
加える様子もなく、ただ蓮の実をとって食べさせてくれる。

部下のうちで、この蓮の、蜜みたように甘い果実を啖(くら)った者は、
みなもう帰ろうとも、報告をしに戻ろうとも思わなくなり、
ただひたすら、そのまま蓮の実喰いの族(やから)と一緒に実を貪(むさぼ)って、
居続けばかりを乞い願い、帰国のことなど念頭にない模様
(『オデュッセイア』第九書 呉茂一氏訳)

そこでオデュッセウスは、ここに居残りたいと泣き叫ぶ連中を無理やり船に連れ戻し、漕座の下に縛りつけて大急ぎで出帆する、という次第である。家郷を忘れて恍惚と暮らす、というところから、蓮喰い人(ロートプァゴイ)とは現実を思いわずらうことのない浮世離れの人々の代名詞のようになっている』
(花の神話学/多田智満子/白水社P165-166から引用)

この譬えは、古代の異国の伝説のことでなく、すべてを忘れスマホゲームに打ち込む老若男女が大勢棲む我が日本国のことでもある。

最近の日本の若者は外国に出なくなったと言われるが、その理由の一つは世帯所得の低下であり、もう一つは、モバゲー隆盛であろう。電車、バスに乗る人には、スマホ、携帯でゲームをしたりマンガを見ている人ばかりである。

日本人が蓮喰いびと化してきている。周囲の状況に注意を払い、その情報で思考するという当たり前の習慣を失った人々の行く先は亡国である。

9月の一か月のうちまともに晴れたのは一日あったかどうか。関東大震災は、長雨の後だったそうだ。人心晴れなければ、天変地妖も起きがちなものである。
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