アヴァンギャルド精神世界

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西安事件の真相

2010-10-24 07:09:18 | 時代のおわり
◎周恩来黒幕説

1936年は、中国国内では、国民党と共産党が内戦を盛んに展開していた国共内戦の盛んだった時期。1936年12月、国民党幹部の張学良が、こともあろうに国民党トップの蒋介石を西安において監禁し、共産党との停戦と対日戦での協力を迫った。12月24日、蒋介石は三週間がんばったが、ついに翻意して共産党の周恩来と協力することを約束させられた。これ以後対日戦での国共合作と成る。

この張学良謀叛の段が西安事件であり、共産中国側では、張学良は英雄扱され、周恩来は、監禁されていた蒋介石の釈放を斡旋した良い人とされる。この構図では、張学良(満州軍閥のトップで、日本軍に爆殺された張作霖の子供)が単独で裏切ったように見えるので、事件の真相としては、裏切りの動機を始め、釈然としない説明に終っている。

自衛隊の草創期に習志野第一空挺団に所属していた阿尾さんが、台湾の苗剣秋(張学良の元参謀)さんから聞いたとされる話では、西安事件の黒幕は周恩来であった。仮に西安事件が張学良の単独主犯であれば、事件以後心底翻意した蒋介石から国士にふさわしい待遇を受けていたに相違ないのであるが、実際はさにあらず、台湾において張学良は、蒋介石が亡くなる1975年まで完全な監禁状態に置かれていたとのこと。つまり蒋介石は、裏切り者張学良を一生許すことはなかったのである。

最晩年の張学良のインタビューをテレビで見たことがあったが、西安事件については語ることがなかったように記憶している。張学良は1991年に釈放されるまでは、台北市に隣接する陽明山の古い家屋に幽閉されていた由。50年以上の幽閉である。
張学良の役回りは、関が原の合戦の小早川秀秋に似ている。

西安観光に行き、唐の楊貴妃の沐浴した華清池を見て、ここが西安事件の舞台かなどと、例の釈然としない説明書きを読んだりするのだろうが、西安事件はまだ評価の定まった歴史ではなく、現代史に属するので、真相解明にはまだ時間がかかるだろう。





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