アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

野火の壮観

2010-06-01 07:10:20 | 古神道の手振り
◎火の雨を降らす

火の雨を降らす側の立場から、その光景を描写したものがある。それは霊界物語第80巻の中にある。このストーリーは、葭原に覆われた広い国土に水奔草という毒草が広くはびこっているために国津神も禽獣鳥魚も住めなくなっている国の危機にあって、この地上一面の葭原に火の雨を降らせて、泰平の国の土台に作り替えようとする話。

この舞台は予讃の国。火をもって国土を浄化しようという構想がまずあった。最初に火炎山の火を取りに行った秋男一行は、火炎山山頂にたどり着きながら火種を採れないまま猛獣毒蛇の餌食となり、火口に投げ込まれた。

火炎山はこれによって大爆発して、大湖水と変じた。この爆発で猛獣、毒蛇、イヂチ等の毒虫も大半殲滅されたが、逆に最も頑強なもの達はしぶとく生き残っていた。

八百万の神々はこの地上のピンチに対して、朝霧比女の神に全権を委任し、朝霧比女の神は、大御照の神に命じて天の鳥船に乗って燧石を降らして地上に火を放たせた。

神々は野火の壮観を見て歓呼の声を挙げ、地上は浄化された。ここは「原野に火を放つ」という話になっているので、あまり心情的反発を呼ばないようになっているが、原野とは、ほとんど人の住まない野であるが、またほとんど神の身魂である人間がいない現代の比喩であるように思える。(霊界物語のクライマックスの第80巻目に禽獣を火で焼く話がなにげなく載っているはずはない。(霊界物語は全82巻))

火が降ったので都市は野になった。だから野火の壮観なのだろうが、八百万の神々は、朝霧比女の神を大宴会を催して壮行しているところが、人情を超えた冷厳なる神の見方である。

『茲に朝霧比女の神は、燧石を恵まれたる嬉しさに、大御照の神に命じ、諸々の神等を従へ、天の鳥船に搭乗させ、燧石をもちて地上に降らしめ、風に乗じて葭原に火を放たしめ給ひければ、折から吹き来る旋風に、火は四方八方に燃え拡がり、猛獣毒蛇、水奔草、葭草などの原野は忽ち火の海となり、其壮観譬ふるに物なかりけり。
 朝霧比女の神は、高光山の高殿より此光景をみそなはし、御歌詠ませ給ふ。

『朝香比女神の恵の燧石に
 わが国原はあらたまりゆく
 炎々と四方に拡ごる野火の煙の
 赤きを見れば楽しかりけり
 曲鬼も醜の大蛇も醜草も
 真火の力に亡び行くかも
 今日よりは真火の力に葭原の
 国土を美しき聖所となさむ』

 朝香比女の神は此光景を見、嬉しげに歌ひ給ふ。

『年を経て老い茂りたる葭原の
 葭はもろくも焼かれけるかな
 濛々と立ちたつ煙見てあれば
 国土の禍消ゆる楽しさ』

 斯く歌ひ、互に野火の燃え拡がる光景を見て、神々は「ウオーウオー」と歓声をあげ給ひける。
 所へ数多の従神を残し置きて、大御照の神は、再び鳥船に乗り此場に帰らせ給ひ、真火のいさをしのいやちこなる事を 怜に委曲に奏上し給ふ。

『葭原に真火を放てば風立ちて
 見る見る醜草焼け失せにけり
 醜草の中に潜みし曲鬼も
 獣大蛇も暑さに悶えし
 かくならば猛き獣も曲鬼も
 大蛇も棲まず安く開けむ
 神々を四方に遣はし松明を
 つくりて真火を放たしめしはや
 見るうちに醜草原は焼け尽きて
 目路の限りは灰の野となりぬ』

 朝霧比女の神は御歌詠ませ給ふ。

『ありがたし真火のいさをに葭原の
 国土新しく生きて栄えむ
 この燧石国の宝と永久に
 主の大神の御殿に祀らむ
 土阿の国土も予讃の国原も今日よりは
 曲神のかげを留めざるべし』

 茲に山上の宴会は終了し、朝香比女の神の一行に厚き感謝の辞を述べ、松浦の港まで朝空男の神、国生男の神をして鳥船を操らせ、御樋代神の一行を安く送りける。』
(霊界物語 第八〇巻 天祥地瑞 未の巻/出口王仁三郎/天声社から引用)

大噴火や巨大地殻変動などの後に火の雨か。




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