アヴァンギャルド精神世界

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6.悟りへの階梯-33

2009-05-02 06:36:18 | 夢と真実
◎西洋錬金術の外形

ユング派の心理学者が中国錬金術と西洋錬金術の類似に着目したのは卓見であったと思う。彼らの解釈は心理を出ることはなかったが、そんな心理学の色眼鏡を離れて、チベット密教や中国道教がメンタル体の体外への離脱メソッドを主要な目標の一つ、前半の重要なステップとして掲げていたことを念頭に置いて、改めて見てみるならば、西洋錬金術もほぼ同様のことを丁寧に説明しているように思われるのである。

そうしたヒントがなければ、西洋錬金術の言葉はひたすら難解なものと感じられる。

錬金術者ニコラ・フラメルが、『賢者の術概要』で指摘しているが、多くの錬金術者は、普通の金や銀や卑俗の水銀を動力因として用いて、この三つを混ぜたり、熱したり、かき回したりして、賢者の水銀を作り出そうとするが、決して完成することはない、としているので、錬金術では鉱物の話をしているのではないことは想像がつく。

またニコラ・フラメルは、象形寓意図の書の第六章で、白い石に表象されるものを得る。続く第七章では、この錬金術の石は、人間と同じく肉体、魂、精神を有するとする。この石を薬とも呼ぶのは、中国錬金術風でもある。

また肉体と魂と精神は、一旦死に、蘇って生に帰ってくるが、この蘇生によって太陽と月と水銀が得られると言う。白い石の白は、生の象徴である。太陽と月と水銀は、死からの蘇生以後に初めて出現すると強調されているので、それ以前には存在しないことがわかる。

肉体も魂も精神も、復活してから以降は、腐敗しない性質となると言っているので、これは、第六身体=アートマンを意識した物言いであることがわかる。腐敗しない、不壊の存在レベルは第六身体にしかないからである。

従って、白い石とは、メンタル体の肉体からの発出をまずイメージしたもので、それが上昇過程の中で、コーザル体からアートマンへとその性質を変容させていくことを描写していると見るとあまり不自然ではないように思われる。

まず肉体が死ぬことによって白い石たるメンタル体が打ち出され、次に自我が死ぬことによって自我の最後の姿であるコーザル体が死にアートマンとして復活する。この時アートマンは月(本来の自己)であり、太陽は中心太陽であり、水銀とはクンダリーニの白銀の道であったことを語っているとみれば、すべて符号することになる。

つまりニコラ・フラメルもクンダリーニ・ヨーガの究極のメカニズムを説明していたと考えられるのである。

さてここで人は救世主となり、王として登場する。この時『白い霊薬エリクシール』=白い石が現れ、以後これが金属を極めて精妙な本質に変えるとされる。金属を極めて精妙な本質に変えるとは、世界そのものがそれ以前とは全く変わって、何の問題もない調和した世界に変わることの比喩であると読むのだろう。

なるほどこの『白』を地水火風の次の第五元素と呼ぶのは、アートマンとして個別性を超えたのならば、それは当然のことであり、アートマンに到達するまでの様々な苦難を『坩堝をくぐり抜けて七度精錬される』と表現するのは、クンダリーニ・ヨーガで窮極に到達できた人を英雄と呼びならわすように、その苦難の道のりを意識した言葉と感じられる。

このように西洋錬金術は、例によって人から神に至るテクノロジー解説であったように考えられる。




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