アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

究竟次第

2008-04-21 05:19:33 | 密教
◎死の光明と幻身

斎藤保高氏は、ダライラマと同じゲルク派の方。ゲルク派といえばツォンカパの理論の影響が大きい。同氏の究竟次第の見方はこんな感じ(参考:チベット密教修行の設計図/春秋社/斎藤保高)。斎藤保高氏自身は、死の光明(原初の光)も幻身も未体験のようだ。

死の直後の死の光明は、完全に澄み渡った心の状態。(全く新たな認識環境に放り込まれたことによる、フレッシュな白紙の感性という側面があるように思う。)

冥想により死の光明と同じ状態を事前に実現し、日々の哲学思弁の訓練で、空を理解することができれば、究竟次第の後半で、空を直観的に悟ることができる(倶生の大楽)。

そして死の光明の状態で空を直観すれば、我執と煩悩が滅尽してしまう。

この時幻身が死の光明から立ち上がる。

幻身は肉体とは別であるが、微細な風(ルン)がわずかに震動することが原因となって幻身が成立する。幻身はどこへでも瞬時に移動できる。

というわけで、幻身ってメンタル体のことでは?

また冥想により死の光明や幻身を実現することは極めて稀なことだそうな。

慧命経の出神とチベット密教の幻身が同じメンタル体かどうか証明するためには、それぞれの修行法でそこまでやってみなければ証明にはならないし、たとえ実体験できたとしても、その証明を他の人が確認する手段は、やはり実体験しかないだろうから、凡そ現代科学にはなじまない種類のイベントなのである。


写真集 秘境ラサの生活


    1日1善。1日1クリ。


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