アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

神事・行と型を出すということ

2006-10-05 05:06:45 | 冥想アヴァンギャルド
◎潜在意識の操作方法

極く深い潜在意識(霊界・アラヤ識)においてありありと、現実に実現したいことをイメージすることができれば、それは実現するものである。潜在意識を操作するのが、行であることは、かつて述べた。

エリファス・レヴィは、そうした行のことを次のように「行為」と呼んでいる。エリファス・レヴィは、その願望を行為によって定着すれば、現実化することを保証する。

そのような行為とは、古神道においては、行であり、神事ということになる。出口王仁三郎は、それについて更に一歩進んだ説明をしていて、神事において行われたことは、型を出すということになり、潜在意識において発展させることができると説明している。

極く深層の潜在意識に起きたことが現実化するのは常識だが、それを出口王仁三郎はことさらに述べることなく、以下のように、単に玉串を捧げれば、祖霊も喜ぶ程度の何気ない文章として出してきている。

出口王仁三郎が第二次大本事件によって、これからの日本の未来の型を出したことは、昭和10年当時に第二次大本事件に係わった人は、ほとんど残ってはいないにも係わらず、今も我々に受け継がれている日本人としての集合的無意識の中に、その事件の顛末を埋め込み発展させた形で残存させるのに成功したと考えられるのである。

『玉串

玉串は神様に衣をたてまつるの型である。すべて霊界における事象は、現界において型をせねばならぬので、玉串を捧げて型さえすれば、霊界では想念の延長で、立派な色々の絹と変じて神様の御衣となるのである。

松の梢につけて奉るのであるが、その松はまた想念の延長によりて立派な材木となり、神界の家屋建築に用いられるのである。

このように現界で型をすれば、霊界ではいくらでも延長するのであるが、型がなければどうすることもできない。

だから祖霊様にでも常にお供え物をすれば、祖霊様は肩身が広い。多くの人にわかって「晴れ」をせらるることは、かつて話したとおりである。』
(玉鏡/出口王仁三郎/天声社から引用)


    1日1善。1日1クリ。



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7 コメント

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実感として (ミーナ)
2006-10-05 08:13:45
湖南さん、おはようございます。



今日の記事の内容は、ほんと、身近なものとして、というよりもまさに自分と表裏一体というものですね。



もうずいぶん前になりますが、とても醜い言動ばかりしている人々がいて困らされられていたとき、はやり善くない思いを相手に抱いてしまっていましたが、そういう想念が、そのまま寸分の違いもないほどにというくらい、ことごとく自分に起こってしまったときがありました。

そういう時になってはじめて実感として理解できたのです。

想念の世界は実現されるって。

それ以来、どんな状況に於いても、如何に正しくあらねばならないかを痛感しました。



あ、もちろんそれ以来は、善き想念が実体化されるとうい状態も起きています。

ほんと、想念の世界は怖ろしいものであり、また大きな希望でもあると思います。

そして、正しくあることの大切さ・・・・。

最終的には、これだけあれば、なんとか持ち堪えられるかなと。
ミーナ殿へ (湖南)
2006-10-06 06:00:07
おはようございます。



ここで注目したのは、現実→無意識というルートがあるところです。

オカルトものでは、無意識→現実ばかり強調されていますが、全体として、現実→無意識→現実とループになっていて、時々自分に返ってきたりするわけですね。



おっしゃるとおり、正しくありたいですが、なかなか「自分が害されることなどどうでもいい」とまで思い切れるものではありません。
薬師如来の器 (卍丸)
2006-10-06 23:51:32
先週の日曜日いつものようにお寺で坐禅させていただいたところ、出口王仁三郎が晩年に作っていた焼き物をある方が持参されておりました。緑の釉薬のかかった黄土色の茶器のようなもので一見無骨なのですが、とてつもないエネルギーを持っておりました。やばかったです。
Unknown (卍丸)
2006-10-06 23:54:43
すみません。挨拶申し上げるのを忘れてしまいました。

ご無沙汰いたしております。いつもありがたく拝見させていただいております。今後とも様々にご教示いただきたく、よろしくお願いいたします。

失礼いたします。
卍丸殿へ (湖南)
2006-10-07 06:56:00
おはようございます。



出口王仁三郎の燿碗を御覧になったのですね。それはよいものを御覧になりましたね。



その持ち主の方は、みたま磨きが進んだかどうかの方が、私には気になります。王仁三郎はきっとそのために燿碗をあげたはずだからです。仏舎利と同じことですから。
Unknown (卍丸)
2006-10-07 14:21:26
ごく最近京都の方から譲って頂いたたと伺いました。持ち主の方には初めてお会いしたので良く存知あげませんが素敵な方だとおもいました。様々な方面に求道されておる様子でした。

仏舎利ですか・・・



では失礼いたします。またいずれ。
卍丸殿へ (湖南)
2006-10-08 07:40:27
そうですか。

覚者は、形見分けするものなのですね。

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