アヴァンギャルド精神世界

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煉獄と輪廻

2018-05-06 06:05:22 | キリスト者の秘蹟
◎集合的無意識の不思議

ユダヤ教でもキリスト教でも輪廻転生は認めていない。それで天国に行きそびれた人間は、最後の審判の時に地獄の窯のふたが開く恩赦を待つという絶望的な結末にしてある。

これは、ユダヤ教でもキリスト教も人間の自意識の圧力を高め破裂せしめるという修行法をとるため、やや悪人に強めの対応が採られているようだ。

さて日本人にとっては、煉獄といえばダンテの神曲でなじみのあるところ。だから煉獄は、キリスト教ならフツーにあるものかと言えばそうでもない。いわゆる後世に人工的に作られた代物なのである。

煉獄の成立時期については諸説あって、12世紀頃から死後の贖罪の場として認識されるようになったようだ。

煉獄は、1274年の第二リヨン公会議で公に認可された。その直前の1250年頃に編纂された黄金伝説 第4巻 ヤコブス・デ・ウォラギネ/著 人文書院P182では煉獄が登場してきている。

複数の見神者たちがその会議に交じっていたとしても、煉獄の存在は会議で決めることなのだろうか。

宗教改革以後、プロテスタントでは聖書に根拠がないとして煉獄の存在を否定し、ギリシア正教でも煉獄を認めていない。

こうしたわけで煉獄はカトリックだけの専有物となり、おそらくは、煉獄にはカトリック信者だけがひしめきあっているという妙なことになるらしい。

宗教の布教の大衆化の過程で、教義がゆるくなるということは見られるものであって、免罪符などはその最たるもので、煉獄もそうしたものの一種なのだろう。

ただ、ファティマの聖母を視た福者ジャシンタ・マルトらは、聖母から「友達のアメリアは世の終わりまで煉獄にいると告げられた」としてたりするので、信仰の世界とは、そういうものなのだろう。

教育とプロパガンダにより集合的無意識は形成されるのだが、集合的無意識こそ何でもありの世界ではある。

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