アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

マントラ・シッディ

2018-12-13 05:25:03 | マントラ禅(冥想法7)
◎心身一如的

アー、アー、アー。
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
オーーーーーム、オーーーーーム、オーーーーーム。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
惟神霊幸倍坐世(かんながらたまちはえませ)、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。
ムー、ムー、ムー。
アッラー、アッラー、アッラー
スッブハーン・アッラー、スッブハーン・アッラー、スッブハーン・アッラー(アッラーの栄光をたたえまつる)。
これらは、伝統的マントラ。

そして伝統的でない奴。
非二元、非二元、非二元。
イワシの頭、イワシの頭、イワシの頭。
レッドブル、レッドブル、レッドブル。
モンスターエナジー、モンスターエナジー、モンスターエナジー。
などどんなマントラでもあり得る。

言霊が綺麗で美声だなどという迷信にはとらわれない。

真言宗の覚鑁は、初心者は余計なことは考えずにアーアーアーとやりましょう(阿字)とか、黄檗宗の加藤慈光は一週間念仏三昧したとかあるが、常にマントラ・シッディとは何かということが問題となる。

『マントラ・ヨーガも、マントラ禅も、一点集中によって思考の雑音を排除しようとする単純なトリックではあるが、マントラ禅の方が、精神安定剤よりは、生命力増強法としては、多少すぐれていると言えば言えるだろう。

とりわけ、マントラ・シッディという爆発的な心身一如的な歓喜や感謝や念力の発現は、マントラ禅の方がはるかに速い。』
(アメジスト・タブレット・プロローグ/ダンテス・ダイジ/森北出版/P124から引用)

ダンテス・ダイジの定義では、マントラ・シッディとは、心身一如ではなく、心身一如的に止まる。だが冥想の可能性に限りはなく、妙好人のように究極にまで至る人たちもいる。
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