アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

鶴林玄素

2008-01-28 06:06:12 | 只管打坐
◎黙照禅の始まり

禅は、公案禅と黙照禅に分かれるが、実際に黙照禅でやったのは、牛頭宗第五祖智威の門人である鶴林玄素である。

玄素は、俗称馬祖とも呼ばれたが、後の馬祖道一とは別人。杭州に鶴林寺を開いた。

玄素は、鶴林寺の住職となってからも、日常生活は黙々として、一度も説法したことがなかった。弟子あるいは信者たちが、禅定のことを質問すると、私は修めていない(吾、無修)と答え、智慧のことを聞かれると私は得ていない(吾、無得)と答えるだけだったそうだ。

このように応答はそっけないが、容貌は和らかであり、真理に飢えた者を飽かせるに足る徳があり、門人の数はきわめて多かったという。

要するにクリシュナムルティの悟境みたいなものだったが、クリシュナムルティとは違って語りまくりはしなかったのだろう。玄素には身心脱落と呼ばれる体験があったのか、どんな坐り方をしたのかが興味を惹かれる点ではある。


    1日1善。1日1クリ。



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