アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

顔真卿

2018-09-04 05:40:24 | 道教
◎刀圭碧霞の仙丹

顔真卿は、唐末の書家にして、忠臣の鑑。
開元年間に進士に挙げられ、その後監察御史となった。

徳宗皇帝の時、大梁の李希烈が反乱を起こした。顔真卿は、皇帝の命により問罪の死者として李希烈の下に行くことになったが、知人たちがこの役目は生きて還ることが難しいことを察して、長安の東の長楽坡にて送別の宴を開いた。

顔真卿は、酒に酔って語るに、「自分は、先年陶八々という道士に遭って、刀圭碧霞の仙丹を授けられそれを服用したため、今日まで達者である。

だが、70歳の時に災難に遭って一命を失うことがあるが、再び蘇生し、その後の運勢はすべて皆大吉である。

皆さんには羅浮山で再会しましょう」と。

※羅浮山:広東省増城県、1296m。道教でいう十大洞天の第7洞天に当たる

翌日出発したが、果たして顔真卿は李希烈に捕らえられ、再三の帰順の誘いにも乗らず、唐皇帝への忠心を曲げず、結局縊殺せられたという。

刀圭碧霞の仙丹とは、外丹か内丹かはわからない。
中国の仙人譚は、社会生活と精神世界の両立という点では、精神世界だけに偏したものが多いのだが、顔真卿は、それまでの人生を社会生活に重心を置き、いよいよこの事件を契機として再誕することを見ていたのだろう。

中国で貴顕になるのは、こういう末路をたどりがちだが、彼は求道者としてその生を全うしたということになろう。

呂洞賓王重陽も進士に及第しなかったというのは、中国での求道生活の一つのポイントではある。
コメント   この記事についてブログを書く
« 三毒 心を曇らせるもの | トップ | 喪服の白から黒への転換 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

道教」カテゴリの最新記事