アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

臨済の大悟

2010-07-25 08:09:31 | 丹田禅(冥想法8)
◎余計なものはなかった(無多子)

兄弟子にあたる一番弟子(首座)が、若き臨済に「黄檗先生のところに来て何年になる」と問うた。すると臨済は「三年になります。」と答える。

首座が「三年経つのであれば、参禅はしたのか。」と更に問うと
臨済「まだ一度も参禅しておりません。何を訊いたらよいのかもわかりません。」
首座「ならば、そこでニルヴァーナ(仏法の大意)とは何のことですか、と言えばよい。」とのアドバイスを受けた。

そこで早速、臨済が参禅した。
臨済「仏法の大意とは、何のことでしょうか。」
すると黄檗は、間髪を入れずに黙って棒でしたたかに30発殴った。
晴天の霹靂ともいうべき展開に臨済は呆然として引き下がった。

いろいろと考えてみたが、昨日の出来事がまだ納得できないので、翌日臨済はまたも参禅した。
臨済「仏法の大意とは、何のことでしょうか。」
すると黄檗は、間髪を入れずに黙って棒で30発思いっきり殴った。
またも予想もしない展開に、臨済はなすすべなく引き下がった。

二度も何もアドバイスをもらえずに、ただ殴るとは、何か自分に落ち度があるのか、あるいは考えにくいことだが師匠がヘボなのかなどといろいろ思い悩みながら、悶々と一夜を過ごした。それでも三年も修業したし、3はラッキーナンバーだし、三度目の正直ということもあるし、ネバリとガンバリが肝心だから、師匠は根性をみたいと思っているかもしれないし、などと思い定めて、臨済は、翌朝三度目の参禅にチャレンジした。

臨済「仏法の大意とは、何のことでしょうか。」
すると黄檗は、間髪を入れずに黙って棒で30発痛打してきた。
またも想定外の展開に、臨済は唖然として退出した。


こんな具合では、この先黄檗の許に居ても見込みはないと、臨済は首座とも相談して、黄檗の許を去ることにし、黄檗に「お世話になりました」と挨拶をした。
黄檗は、それなら大愚和尚のところに行けとの指示をくれた。

さて、大愚和尚のところに着いて、臨済は、憤然として事情を説明するには、「黄檗和尚に参禅して、三度仏法の大意を問いましたが、何も教えてくれずに、三回とも棒で打たれました。合計90発もですよ。私に落ち度があるのかどうかもわかりません。」

すると大愚和尚は、「それは、単に黄檗和尚が親切なだけだ。黄檗和尚の方は、お前さんを悟らせようとして困りきっているのに、こんな遠方まで来て落ち度があるかないかなどと問うのか。」

ここで、臨済は大悟した。「なんだ黄檗の仏法には余計なものはなかった(無多子)。」

すると大愚和尚は、「この小便たれが。ここまで来て落ち度の有る無しを語ったくせに、こんどは黄檗の仏法には余計なものはなかった(無多子)と言うけれど、それは一体何のことかすぐ言って見ろ。」

すると臨済は、大愚和尚の脇腹に強烈なフックを三発お見舞いしてこれに応えた。

大愚和尚は息を乱し、そのダメージをこらえながら、「ううっ、お前の師匠の黄檗のことでは、私はもうやることはないようだ。」


悟ってなければ、何を語ろうが、何を理解しようが、どう説明しようがダメなものはダメ。
そこで言辞、論戦でなく、K1ばりの打撃戦が展開されるのが伝統のルールというべきものなのだと思う。勿論打撃バトルが問題になるわけではない。




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