アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

シャンカラからOSHOバグワンへ

2019-11-10 06:08:34 | 究極というものの可能性
◎不二一元論から七つの身体論

不二一元論とは、ウパニシャッドなどを正当な根拠と見てブラフマンを唯一の真実在と見る考え方である。

『聖者たちのインド/春秋社P92』では、OSHOバグワンの悟りが不二一元論と同じ構造を持っていると書いてあるが、それだけではないと思う。

不二一元論の代表的な著作であるシャンカラのウパデーシャ・サーハスリーからそのさわりの部分。
『五  目覚めるまでは、夢は真実であるように、アートマンの知識が〔得られる〕までは、身体とアートマンとの〔同一性〕は〔真実であり〕、直接知覚などが知識根拠であることや覚醒状態も〔真実で〕ある。

六 虚空のように、一切生類のなかに住しつつも、私は〔一切〕生類の諸欠点から自由である。
私は目撃者であり、観察者であり、属性なく、清浄なブラフマンである。それゆえに私は絶対者である。

七 名称や形態や行為とは別のものであって(『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャツド』1.6.1参照)、本性上、つねに解脱しており。私はアートマンであり、最高ブラフマンである。私は純粋精神のみであり、常に不二である。』
(ウパデーシャ・サーハスリー 真実の自己の探求 [岩波文庫] シャンカラ/著 岩波書店P42-43から引用)

私は観察者、見る者であると言いながら、ブラフマンなる私は純粋精神であり、常に不二と説明する。これでは見る立場と見られる立場は分離していない。

これだけでは、肉体と精神の分離はわかるが、個と全体、有と無の違いはわからない。
(シャンカラが原典と考えていたウパニシャッド。だがウパニシャッドを読むと相互に矛盾している記述は多いものだ。)

そこでOSHOバグワンは、七つの身体論を呈示し、知的に発達した現代人に対して、不二一元論を土台にした、より知的理解がしやすい人間像を呈示してきた。

宗教コミューンをつくったばかりに、逮捕を逃れて世界各国を流浪することになったOSHOバグワン。弟子に講演しない一時期もあったが、晩年は、コミューンを成功と見たのか失敗と見たのか根づいたと見たのだろうか。

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