アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

信仰者としてのベストなライフ・プラン

2019-11-09 06:07:09 | 究極というものの可能性
◎自分もマスコミも教育界も宗教界も政治家も変わらねば

人は自らの信じる宗教を通じて神と一体になることができるし、組織宗教の伝承しない方法でも神と一体となることもできる。一体となった暁には、その体験は、『体験とは言えない体験』である。体験する自分がいないからである。

ラーマクリシュナは、労働、家事、勉学などの社会生活を捨離して、神と一体化している恍惚のうちにあることを信者にも勧めた。この修行を一人で行えば、遠からず餓死するし、こういう人間ばかり増えては、社会の生産性は著しく損なわれる。

おそらく信仰者としてのベストなライフ・プランは、幼少時から只管打坐とかクンダリーニ・ヨーガなど坐る習慣をつけさせ、学校教育を通じて、思春期には見神、見性を体験。18歳から20歳ころまでには、神人合一、身心脱落、即身成仏、白日昇天という『体験とは言えない体験』を得て、社会人や家庭人として活躍する。

それが実現するためには、どの宗派の神仏道ゴッドも同じものであるという共通認識ができないといけない。その上、神人合一に近づいた人間ほど精神をやられやすく周囲の保護が必要であること、自分が傷つけられることを気にしないほどの積極的自己犠牲が社会通念になっていることなどが必要。土地など本来神のものは売買しないなどの禁制はあり得る。

こうして出来上がる社会においては、神を知っているのが普通であり、為政者も当然神を知っている。諸悪莫作衆善奉行。

以上のような社会通念ができあがるためには、自分もマスコミも教育界も宗教界も政治家も変わらなければならない。

だが日本が自国内で内発的にやろうとすれば、大本教弾圧のようにその芽を強権でひねりつぶしたり、戦国時代のような内乱になったりしがちなので、神は外国の手を借りて日本を立て替える(出口王仁三郎)などと言われる。

いづれにしても一本道ではないのだ。
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