アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

人に出会うこと、教えること

2019-11-03 06:26:07 | 冥想アヴァンギャルド
◎一期一会、今生だけでなく来世も

人を教えるというのは、教えた人の爾後の人生に責任を持つということであって、あだやおろそかにできるものではない。

釈迦が同じ質問に対する回答をAさんとBさんでは全く異なる回答をしていたのが、対機説法と言われる。
釈迦は、相手に応じてそれにふさわしいやり方を都度採ったのだ。これは、要するに釈迦は一度会った相手については、それ以後の人生について責任を持ってあげたということなのだろうと思う。

ダンテス・ダイジは、大悟覚醒後に三昧の中にあって、自分が将来出会う人物の顔を一人一人思い浮かべていったというが、覚者たちが他人に出会うというのは、そういうことなのだろうと思う。出会うすべての人物の面倒をみるのだと思う。

いわんや他人にものを教えることをや。他人にものを教えるというのは、教えた瞬間からその人に愛をもって対するべきものであって、ビジネスライクの割り切った付き合いなどは、本当にはないのだと思う。

一期一会とは、別れてしまったら縁がないからさようならではなくて、一度会ったら今生で再び出会うことはないのかもしれないが、生涯あるいは来世までも面倒を見てあげるものであるという気もちが前提にあるのではないかと思った。

安般念ヴィパッサナーは、その根幹は呼吸を見つめるという呼吸覚醒。それは危険の多い行法であるがゆえに取扱注意であるし、正しい師の指導のもとにやるべきものである。

教えるというのは、心理をいじる精神を操作すること。心理をいじる精神を操作するというのは、安全なものではないことが、あらゆるカルト、特殊詐欺の跋扈跳梁に示されている。
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