アヴァンギャルド精神世界

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天皇家の守護神としての大物主神

2019-09-19 05:39:16 | 古神道の手振り
◎伊勢神宮との競合

三輪山の神(大神神社)である大物主神は、『山王神道の研究/菅原信海P11』によれば、日本の都が飛鳥にあった頃から天皇家の守護神だったらしい。

額田王の奈良から近江へ遷都する際に歌った次の歌にも当時の宮廷人の三輪山への崇敬が見てとれる。

『味酒 三輪の山 あをによし奈良の山の 山の際に
い隠るまで道の隈 い積るまでに つばらにも
見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の隠さふべしや』
(大意:なつかしい三輪山よ。この山が奈良の山々の間に隠れてしまうまで、また行く道の曲がり角が何個も後ろに積もり重なるまで、たっぷりと眺めていきたい山であるものを、たびたび振り返っても見たい山であるものを、無情にもあんなに雲が隠してしまってよいものだろうか)

かくして794年京都に遷都。これは最澄在世の時であったが、最澄が比叡山に三輪山の大物主神を勧請したという説がある。

問題となるのは、伊勢神宮と三輪山の関係。どちらも今では天皇家守護なのだが、歴代天皇は長い間伊勢神宮を参拝しなかった。伊勢神宮はまた長期間私幣禁断であって、天皇家専用の神社であったにもかかわらずである。

古事記に、現代宗教最大の課題である天国と地獄の結婚(伊都能売)に関する部分が、天照大御神と大物主神となぜか2か所出てくるのは、もともと古事記には天照大御神と素戔嗚尊の二神の誓約が先にあって、後に大物主神のパートが追加されたのではないか。

その時代的スケール、つまり原古事記成立の年代は、出口王仁三郎や本山博が見ているような日本列島がユーラシアと地続きだった時代や、丹波篠山で天下分け目の戦いをやったような古い時代に遡るのではないかと思う。
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