アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

一休骸骨、マーヤとしての現実

2019-08-18 05:53:22 | 丹田禅(冥想法8)
◎本当の息の一筋(ひとすじ)

マーヤは幻想。あらゆるものは、すべて滅び、あるいは死ぬ。だから現実とはマーヤでもある。そういう真相を知る人があるかと思って、人気のない仏堂に籠って一夜を眠れぬままに明け方になって、まどろんだ。

その夢の中で仏堂の後ろに行ってみたら多くの骸骨たちがいて、その振る舞いは別々であって、まるで生者のようだと見ていると、ある骸骨が歩み寄って詠むには、

思ひ出の有るにもあらず 過ぎ行かば
夢とこそなれ あぢきなの身や
(何か特に思い起すこと(求道)がないままに一生を過ごしてしまえば、夢のようなものである、味気ないこの身よ)

仏法を神や仏に別かちなば
真の道にいかが入るべき
(仏法を本来一つである神道と仏教に分けてしまえば、真(まこと)の道に入ることはできない)

しばし げに息の一筋(ひとすじ)通う程
野辺の屍(かばね)もよそに見えける
(わずかの間でも本当に息の一筋が通っている間(生きている間)は、野辺に晒されている死骸もよそよそしく思える)

さて死の世界に分け入り、
このように骸骨と親しく慣れ遊ぶうちにその骸骨は、まるで自分となったかの如く世を捨て僧となり諸方の経典を調べ、善知識たちを訪問しまくり、我が心の源を明らかにした、と思えば、夢から覚め、松風の音と月の光が残るばかりであった。

「息の一筋(ひとすじ)通う程」の短時間にそれは起こるのだろう。
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