アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

聖火

2019-07-23 06:22:01 | 古神道の手振り
◎力なき吾等の祈祷(いのり)

日本の聖火と言えば、高野山龍光院の「消えずの火」や京都八坂神社のおけら火であるが、大晦日に信者、氏子がこの火を持ち帰ったものだという。高野山龍光院は、空海が開山した時の住坊で、高野山の中心。

出口王仁三郎の霊界物語全81巻で、歌集の体裁をとっている数少ない巻が第61巻。

ここに第一巻と還暦61巻を迎えた寿(ことほ)ぎが謳われている。またここには全巻中唯一「聖火」という言葉が出ている。


『第一二一

一 冷(ひえ)渡る吾が身に愛の焔をば 燃やし玉へよ厳(いづ)の大神

二 さまよひて果敢(はか)なき影を追ひ慕ひ 露だに知らぬ身こそ悲しき

三 力なき吾等の祈祷(いのり)も称(たた)へ言も いと安らかに聞し食す主(きみ)
四 八千座(やちくら)を負ひし主(きみ)をば思はずに 夢現(ゆめうつつ)にて暮す愚かさ

五 瑞御魂(みづみたま)恵みの聖火を下しつつ 冷たき心を温め玉ふ』
(霊界物語 第61巻第12章 神徳から引用)

文中の主(きみ)は、神の意。

人の身はいつ死ぬかもわからず、果敢なきものだからこそ神に頼る。
悲しく辛い思いに沈む冷たい気もちにも
愛の焔を与え給え。

愛があれば、人類一切の罪業を負って追われた須佐之男命の気持ちに自ずから思い至る。

人には燃え盛る生命の焔というものがあるが、非情で悲しく辛い日々の中でその焔すら消え入らむとするタイミングがあるが、その時に神のことを思い出すのだ。
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