アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

シャルザ・タシ・ギャルツェン

2019-06-17 06:25:41 | 密教
◎ボン教の屍解

シャルザ・タシ・ギャルツェンは、19世紀半ばのボン教僧。出生は、東チベットのカムだから、今の四川省。四川でもいわゆる諸葛孔明が進軍したルートより、ずっと西側であり、清朝の西の版図がいかに大きかったかがわかる。

彼は12歳にして受戒し、まだ少年であった時に師であるテンジン・ワンギャルに、風を押しとどめるべく剣を持っているように言われて剣を持っていると、師はその剣を力づくで奪い取り、その剣で彼をしたたかに打ったところ、彼は意識不明に陥った。やがて彼が目覚めると、師と同レベルで心の本性(アートマン)が理解できるようになった。これは、禅でいう見性

34歳卍山に冥想小屋を建て、孤独に冥想に専念した。これは一時期であって、彼は基本は僧院にあって後進の指導をしたり著作をしたりして、75歳まで暮らした。

75歳になって漸く、重要な論題だけでなく、一般的な教えや助言を与えるようになり、どんな贈り物でも受け取るようになった。

76歳の時、隙間のないテントに入り、絶対に開けないように弟子たちに命じて、結跏趺坐でテントに座った。弟子の一人が聖遺物欲しさに何日か後にテントを開けると、その肉体は1歳の子供ほどの大きさに縮じまっていたという。

75歳まで、僧院の中に留まり、本当にカルマから自由になったのは、死の直前の一年くらいのものだったのだろう。

テンジン・ワンギャルは、205ある戒を守り通したと伝えられるが、戒はもともと覚者のライフ・スタイルなのだろうから、205戒にフィットした人間でもあったのだろう。
(参考:智恵のエッセンス/シャルザ・タシ・ギャルツェン/春秋社P29-36)

チベット密教系では、屍解で肉体を残す話が多いが、その残った肉体だって、基本は鳥葬なのだろうから、こだわってはいけないはず。いわんや聖遺物をや。屍解の話で縮んだ肉体が残った残らないにこだわってはいけないのだと思う。
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