アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

事実と伝聞とマスコミの作った想念

2019-05-31 05:01:18 | 冥想アヴァンギャルド
◎自分に向き合うことほど恐ろしいものはない

近所の火事のニュースであっても、事実とマスコミ報道の内容が異なることはある。また公式発表が、事実と異なることもままある。

常時天眼通を発揮していた出口王仁三郎は、周囲の者が知らない事件を誰もが知っている事件として口にして、周囲をしばしば困惑させていたが、彼らは後に新聞報道で後に知ることになることがあったという。

ことほど左様に、事実あるいは現代史というのは、「実際に起こった事実の積み重ね」ではなく、「実際に起こったとされる事実の伝聞の積み重ね」である。「実際に起こったとされる事実の伝聞の積み重ね」は、個人の頭の中の想念で形成される世界であり、実際の出来事が起こった世界とは異なるもの。

このメカニズム故に、現代人の頭の9割はマスコミでできており、「マスコミをとってしまうと、ほとんど何も残らない」などと言われるのである。

世論形成は政府・官公庁、政党にとって重要な仕事だが、事実と異なる情報ばかり与えられる側にとっては、そのギャップがどこかで顕在化する。それが一つにはうつ病の生涯有病率の高さ(6.5%)だったり、生涯未婚率(2015年の国勢調査では50歳男性の23.4%、50歳女性の14.1%に一度も結婚歴がない)の高さではないかと思う。

未婚者は概して既婚者よりリッチなのだ。

だが、人は本来食べられるだけで満足するものでなく、飯を食べ少々の金を貯めるだけに生まれてきたものではない。本気で生きることによって、人間の限界と無力、虚無にぶち当たり、更にその先に進もうとすることで、別の次元に向かおうとするものではないだろうか。

菓子パンは口に甘いが、それだけで生きれば、何か大切なものを失うことを皆感じている。

事実とされる伝聞の世界でなく、事実そのものに向かうのは、例えば只管打坐の坐り方がそれだ。まず外から入る余計な情報をシャット・アウトし、事実そのものなる自分に向かうのだ。

「自分に向き合うことほど恐ろしいものはない」(ダンテス・ダイジ)
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