アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

七つの次元を貫く命の炎

2019-05-25 06:01:47 | 究極というものの可能性
◎牝牛、蛇、猪、蔦、ワイン、ビール

七つの次元を貫くもの、そしてそのエネルギーの源泉。それは、思春期から青年期にかけて激しく、おそらくほとんどの若者が感じていることではないのだろうか。多くは性欲という認識を出ることはないのかもしれないが。

ディオニュソスで表象される命の炎は、牝牛、蛇、、蔦、ワイン、ビール、男根などというシンボルで、彫刻、絵画、文書に現れる。

ディオニュソス。その燃え盛る命の躍動を、教育、法治、因習などで縛り、社会秩序を維持させていく。

そうした社会人として抑制することをわきまえた常識人であっても、外国へ行くと、全く別の思考、感覚体系で社会ができあがっていることを感じるものだ。

またテレビ、スマホなどの刺激のない時代には、人は集会、祭礼、儀式などで、その社会の秩序の様式ではない非日常を見せられたものだ。年に一度の無礼講やほら吹き大会などで、現今の社会構成が永遠絶対のものでなく、いわば一過性のものであることを感じさせることで、社会全体のガス抜きを行い、次の一年の秩序の安寧を図るとともに、その秩序が相対的で不安定なものであることを察せしめる。

その燃え盛る命の躍動は、死の世界であり、古事記の世界の萌芽である葦芽(あしかび)は死の世界に出現した。死と共存せず死を忌み嫌うこの文明はいびつである。

肉体という不安定な夢
個人という不安定な夢
現実という不安定な夢
なにもかもないという伝説
トータルで、諸行無常、色即是空。

古来社会には、死があることに由来する慣習や祭礼などの装置が組み込まれていたが、特にテレビが出てきてからは、商品を売らなければいけないせいか、明るく楽しくの一方通行のアポロン的側面が強く、ディオニュソス的側面は日陰に追いやられている。抑圧されたディオニュソスは、冥想によりコントロールされながら正当な成長過程を進むか、暴発するかとなる。

死は個人の肉体だけが死ぬのでなく、それをとりまく宇宙そのものも死ぬ。なにもかもないという蜃気楼に到達するには、人によっては何度も死なねばならない。

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