アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

高熊山と冥想修業の邪魔

2019-05-09 05:27:23 | 古神道の手振り
◎諸縁整って自分も成熟して

出口王仁三郎の歌集『霧の海』の後半は、28歳の時の高熊山での飲まず食わずでの冥想修業の様子が、相当な分量で描かれている。

出口王仁三郎はきちんと表明していないが、彼の最初の大悟はこの時であったろうと思う。肉体を持ちながら天国を徘徊したり、地上を探索すると妖魔が頻繁に邪魔に入るので、その都度真言、マントラなどを唱えて祓う話が、それこそ全体の1/4くらいもあるだろうか。生身の人間の邪魔も入る。

聖者、覚者といえども、あるいは聖者、覚者だからこそそういう妖魅との諍いが頻繁に発生するのだろうが、霊能力のない一般人に対しては、そういうことは枝葉のこととして扱う。不用意に霊道を開く、または神知らぬままに霊的なものとコンタクトするというものがいかに危険なものか彼は知悉しているが故に多くは語らないというところがある。

高熊山の岩の洞窟に座っていたところ、高貴な男神が現れたと見るや、それは自分であったと変じ、妙麗の女神が現れたとみるやそれは自分の守護神であって、自分の中に入ってしまった。白馬に乗って天国を目指して諸神と一団になって進んでいたが、肉体、現世のことを思った瞬間に落下、下降を開始し、追いつくのに苦労した云々など、まさに霊界の物語。

古神道もクンダリーニ・ヨーガ系なので、どうしてもそういうものを相手にしつつ修行が進むのだろうが、正師あっての修行であって、生死をかけた修行である以上は、どんなことでも起こりえるのだろうと思う。

諸縁整って、諸天善神のサポートもあり、自分の成熟も、と揃って高熊山のようなことが起こるのだろうと思う。
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