アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

スワミ・ラーマの悪童ぶり

2018-09-14 05:39:41 | 究極というものの可能性
◎後に後悔とともに思い起こす

スワミ・ラーマは、大聖ババジの秘蔵っ子であるが、若い時の悪童ぶりはひどいものだった。

若くて未悟であって、社会経験が少ないと、少々小生意気な議論を、恐れ多いことだが、覚者に対しても青い議論を吹っ掛けることすらある。

スワミ・ラーマもそうした嘴の黄色い一人であって、何度も先輩覚者を怒らせている。

大体が、覚醒を経たヨーギというものは口数が少ないものであって、長時間座るものである。口で伝えられることは重要だが、それがすべてでもない。

修行者の中には、食物も水もとらず何か月もそのままで坐っているような修行者もいる。

そうした定に入っている修行者の足を勝手に触って、したたかに蹴り飛ばされて、遥か遠くの川べりにまで行ったことまでスワミ・ラーマはやった。こうした定に入った修行者の冥想を中断した報いは当然ながらよいものではなく、折角出会った大徳からスワミ・ラーマは、貴重な教えを受けるチャンスを自分でふいにする結果となっている。

議論は慎重にかつ漏れなく精密にやるべきではあるが、その時の自分の器量に相応した分までしか理解できないということはある。

そうした事情を後悔とともに思い起こすのは後年のことであり、よくイエスがベッドの脇に降臨したが、眠っていて気がつかなかったというのもこれと類似のことである。

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