アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

乗り物としての肉体

2018-09-13 05:34:47 | エクスタシス 夢の夢なる
◎孤独な鳥

現代社会では、人間は肉体と不可分の意識であって、それに権利と義務が付随するというやや面倒なことになっている。

だが、人間は稼いでためた金を一円たりともあの世に持っていくことはできず、無神論的世界観では、人間は死によって何も残らず消滅するなどと考えたりもする。

だが、深い冥想を体験した覚者にとっての人間は、意識と肉体と微細身である。しかし、これはいわゆる世間やマスコミの言うところの定説にはなっておらず、学者もそれを語ることは避ける。あいにく真実はそちらの方にあり、それを実体験していない大部分の人間に対して証明する方法などない。

それを証明できる唯一考えられるシチュエイションは、意識と微細身があることを一斉トランスのような何かの拍子に万人が感得することである。それを経れば、「人間は意識と肉体と微細身」というのが証明を俟つまでもなく当たり前となる。

この認識を前提に肉体は乗り物であるという見方が出てくる。仏教では、天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六道に輪廻転生を繰り返すが、常に佛という全体とのリンクを忘れない。佛あっての六道輪廻。

さて、神秘家は、六道以外の転生がある可能性をも見越している。人間いやあらゆる生物無生物にはそれぞれの生きる無数の宇宙があるのだが、生きる宇宙という場をチェンジすることがある。チェンジした先の生を時に「鳥」と呼ぶ。

鳥は、エメラルド・タブレットにも出てくるし、かつてのヒッピーのベスト・セラーかもめのジョナサンでは、かもめの求道者として登場した。

その孤独。透徹した孤独。孤独な鳥には救いなどないが、その神秘を生きるのが覚者なのだろう。

その鳥は、シリウスから来たり、オリオンから来たりしたのかもしれないが、そのことを強調するタイミングは今ではない。そこにひっかかると貴重な時間を無駄にしがちだからである。


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