アヴァンギャルド精神世界

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マザーテレサの列聖

2016-09-24 05:25:03 | キリスト者の秘蹟
◎日本人は豊かだが精神的には貧しい

2016年9月5日、バチカンのサンピエトロ広場に約10万人の信者らが集まり、マザーテレサの列聖式が行われた。この日は彼女の命日。
修道女マザー・テレサ(1910~97)は、インドのコルカタ(カルカッタ)で貧しい人たちを救済する活動に尽くしたが、「聖人」に正式に認定された。
列聖には、条件となる死後の二度の奇蹟が必要だが、一つはマザー・テレサに祈ったインド人の女性の腫瘍が消えたこと、もう一つは脳腫瘍を患ったブラジル人男性の妻がマザー・テレサに祈った結果、回復したことだそうだ。

彼女は、終生、エイズ、重い皮膚病にかかった人、見捨てられた幼児など、最も世間で相手にされない人たちに身近で寄り添った。

ノーベル平和賞の祝賀晩さん会は欠席し、その費用を貧しい人の救恤に充てるよう依頼した。ローマ教皇からもらった高級車は、貧しい人を助ける資金集めのチャリティの景品として出した。ダイアナ妃からもらった服もオークションにかけて売った、などその清貧は徹底している。折れた椅子の脚を添え木して使い続けた禅僧趙州並みですね。

マザーテレサは、来日時日本が豊かであることに驚き、一方日本の多くの人が弱い人、貧しい人に 無関心であることに気付き、物質的に豊かな多くの人は他人に無関心であり、精神的に貧しい人だと喝破した。

こうして彼女は愛の反対語は無関心だと示した。人はともすれば、都合の悪い人、見栄えのしない人、貧しい人、弱い人などに対して無関心を装う。無関心を示すことで、愛が現れる最初のチャンスを失う。

核家族化と半端な個人主義的ライフスタイルで、かつまた離婚率3割で家庭もほぼ崩壊した日本。こんな日本には弱者に向けて『無関心』の風が吹く。24時間○○などで金を出すのだけが慈善ではないだろう。縁ある人や見かけた人で弱い人、貧しい人、困った人がいれば声をかけてやるのが、無関心でない最初の一歩。

そうした困った人を助けようというのを逆手にとって詐欺をやる振り込め詐欺や生活保護ビジネス(公園等で集めたホームレスを「無料低額宿泊所」に住まわせ、食事などの最低限の便益を与える代償に、入所者に支給された生活保護の大半を搾取するビジネス)が一世を風靡しているのも末法の世の習い。

キリスト教は罪をバネにして悟りに向かい、十字架上で刑死したイエスを主たるシンボリズムとして用いる。こういうものが好きではない東洋人たちにとってもマザーテレサの無私と慈善はなかなかできることではないが、自分がそうなろうという志は持たないと。

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