アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

改めて大本神諭を読む-2

2015-03-19 05:35:36 | 古神道の手振り
◎今度の世の立替は二度目であること

大正六年旧2月9日の大本神諭では、しきりに世の立替は二度目であることが語られる。では一度目はいつで、どんなだったかは、わからない。ただこの艮の金神(うしとらのこんじん)スキームが三千年前から組まれたものだということはわかっているので、それ以前に世の立替があったものだろうと推測される。

一度目の立替の内容はわからないが、世界が泥海になるようなことがその時期に起きたのだろう。人間世界では一定の年数を経ると技術文明が蓄積・発展し、宗教がこれをコントロールするに足らない場合、社会が自壊する法則があるらしい。最初の立替はそんなものだったのだろう。

大本神諭では、二度目のそれは一度目のそれに比較して大規模に広汎に徹底的に起こるとする。ほとんどの技術文明の喪失も伴う。


大正六年旧正月二十三日の神諭では、既にこの時点で、十年余り立替が延びたことが唐突に出て来る。例の1999年からすでに十年余りである。

大本神諭大正六年旧正月二十三日の一部。
『大正六年旧正月二十三日

 
今までの世は、悪の栄える世で在りたから、悪の御魂(みたま)が世に出て覇張(はば)り散らして、皆己(われ)が傑(えら)い、御魂が高いと申して、何も分(わか)りも致さんのに、悪の仕組で、どこ迄も行けるやうに思ふて為(し)て居ることが、全然間違ふて居るから、これ迄の事は、少(ちっ)とも用ゐられん事ばかりであるぞよ。

為直(しなを)しは少(ち)っとも出来んから、十年余り立替へが延びたから、世界はドウ為(し)やうにもコウ為(し)やうにも、動きも、にぢりも、出来んやうに成(な)りて来て居るから、立替が始まるも、何も彼も一所に出て来るから、筆先に度々(たびたび)、同じ事を申して知らしてあるぞよ。

神は一度申した事は違はんので在るから、延ばしても早く致しても、在る丈(だ)けの事は在りて了(しま)はねば、何も無しに済むという事
はないぞよ。
(中略)

神の申した事は、チット遅し早しは、人民から見れば在るやうなれど、神が在ると申した事は皆な在るぞよ。』

「今ここ」の世界では、予定されたメイン・シナリオ上のイベントは省略されることなく、必ず出て来るが、それの早い遅いはあるということ。

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