アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

現代日本の最大の課題

2012-09-23 07:10:51 | 究極というものの可能性
◎冷たい自分と死の恐怖

現代日本の最大の課題は、対中国政策でもなく、食料自給率の向上でもなく、ホルムズ海峡の安全航行の確保でもなく、若者の失業率の改善でもなく、韓国による竹島の実効支配打破でもなく、超高齢化社会の介護コストの抑制でもなく、財政赤字の改善でもなく、ファーウエイ華偉製ルーター経由iPhone5の情報ダダモレ懸念でもなく、自分の死の恐怖を如何に差し迫ったものとして意識させるかという点である。

近代西欧文明の課題とはとりも直さず、何人悟った人間を出せるかということ。
悟ることが差し迫った課題と認識されるためには、自分が実は常に自分の死の可能性を思考から排除して生きていることに気が付かなければならない。

自分の死の懸念が念頭にない人間に対して、宗教だの冥想だの光明だの覚醒だの意識レベルだのという問題を持ち出しても、鼻であしらわれるだけである。

そんな人に対して、悟れば、願望が叶う、金がもうかるなんて、利益・メリットで釣るようなことは、ご法度。

地獄的な意識を持つ人が多い時代。地獄的な意識を持つ人は、財布のひもが固いのは勿論のこと、とても冷たい人が多い。人はかたくなにならないと自我を持てない。自我が固いほど、人は冷たくなる。なぜ冷たくなるのか。それは、自分の領分、自分の持ち物が侵されることを恐れるから。それは自我の一部分が浸食されるのと意識の上では同義だからだ。

外人は、日本人は冷たいとよく言う。冷たい人は、無意識だけど、十分に自我の死の恐怖を感じているのだ。つまり、日本人の大方は、その表面意識とは裏腹に自分の死の恐怖を実は感じまくっているのだ。(最愛の人の死やペットロスなど、現実の裂け目から死の恐怖を見るケースもある)

死にゆく自分に感づいた男女は、愛し合いたがる。あなたの愛を受け入れたい人がいて、あなたに愛を与えたい人が必ずいる。誰もが真実の愛を求めている。それは、潜在的な死の恐怖からの逃避を動因として起こる。冷たい自分だから愛を求める。

そこまで説明して、「あなたは、内心、自我の死の恐怖を感じているのだから、呼吸法とか柔軟体操とかやって、冥想するといいかもよ」なんて誘導してわかってくれる人は50人に一人くらいで、キャッチセールスに引っかかる人と似たような確率なのだと思う。

釈迦やイエスや新興宗教の教祖などの他人の悟りは、あくまで他人事。そして、他人が悟ろうと悟るまいが、実際のところ悟っていない自分にはどうすることもできないのだ。まずは自分がそこまでたどり着けるかどうか

最近も、自分は悟っていると称して全然そうじゃない人が、ブログ書いたり、講演したり、マスコミに出ているケースも多々ある。

死からの恐怖を問題にしない愛は、祈りとしてある。


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悟りとは何か
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