アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

エリヤの神との出会い方

2010-09-19 07:00:05 | キリスト者の秘蹟
◎ホレブ山で顔を外套に隠す

列王紀上にある預言者エリヤは、40日40夜の強行軍の末に、神の山ホレブ山に導かれ、そこでまさに神に出会おうとする時、その顔を外套で隠した。

洞穴の中で、彼は神の静かな細い声を聞いた。そしてこの後洞窟の出口で神の語りかけを聞いた。

聞き方としては、シャーマン風に大神を我が身に降ろして、神の声を聞いたのだろうか。そうであれば、その神の語った内容は、降ろされた当人は大体において記憶することはできないのであるから、エリヤが神の声を記憶しているからには、もうひとり神の依代である人物がこの場に必要となる。

ホレブ山上にはそうした人はいないから、エリヤは神降ろしタイプの出会い方で、神に出会ったものではないと考えられる。

只管打坐かクンダリーニ上昇かどちらかといえば、エリヤはパンや油をザレパテの極貧の寡婦のために超能力によって、無限に出してやったことや、バアル神の450人の超能力者と超能力で生贄の牛を天の火で焼くという超能力コンテストで対決した事蹟からすれば、クンダリーニ上昇によって神に出会ったと見るべきだろう。

クンダリーニ上昇ならば、最後は中心太陽突入だが、エリヤは顔を外套に隠したので、神と合体しなかった。むしろ、それを遠慮したことを、外套に顔を隠したと表現したのだろう。

そうすると洞窟の入り口で神の声を聞いたとは、歩いて洞窟の入り口に出たことを言うのではあるまい。個性の極点はコーザル体であるので、コーザル体のままで、神と出会った。つまり神に出会ったが、結局自分を捨てることのできないままに終ったことを暗喩しているようにも読める。

以下旧約聖書列王紀上19 
『その所で彼はほら穴にはいって、そこに宿ったが、主の言葉が彼に臨んで、彼に言われた、「エリヤよ、あなたはここで何をしているのか」。

彼は言った、「わたしは万軍の神、主のために非常に熱心でありました。イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、刀をもってあなたの預言者たちを殺したのです。ただわたしだけ残りましたが、彼らはわたしの命を取ろうとしています」。

主は言われた、「出て、山の上で主の前に、立ちなさい」。その時主は通り過ぎられ、主の前に大きな強い風が吹き、山を裂き、岩を砕いた。しかし主は風の中におられなかった。風の後に地震があったが、地震の中にも主はおられなかった。

地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。火の後に静かな細い声が聞えた。

エリヤはそれを聞いて顔を外套に包み、出てほら穴の口に立つと、彼に語る声が聞えた、「エリヤよ、あなたはここで何をしているのか」。

彼は言った、「わたしは万軍の神、主のために非常に熱心でありました。イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、刀であなたの預言者たちを殺したからです。ただわたしだけ残りましたが、彼らはわたしの命を取ろうとしています」。

主は彼に言われた、「あなたの道を帰って行って、ダマスコの荒野におもむき、ダマスコに着いて、ハザエルに油を注ぎ、スリヤの王としなさい。
またニムシの子エヒウに油を注いでイスラエルの王としなさい。またアベルメホラのシャパテの子エリシャに油を注いで、あなたに代って預言者としなさい。

ハザエルのつるぎをのがれる者をエヒウが殺し、エヒウのつるぎをのがれる者をエリシャが殺すであろう。また、わたしはイスラエルのうちに七千人を残すであろう。皆バアルにひざをかがめず、それに口づけしない者である」。

さてエリヤはそこを去って行って、シャパテの子エリシャに会った。』





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