アヴァンギャルド精神世界

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裏切り者でなかったユダ

2010-08-13 05:55:04 | キリスト者の秘蹟
◎ユダの謎解き

「ユダの謎解き/ウィリアム・クラッセン/青土社」は、死海文書の研究成果は入れないで、聖書を典拠とするイスカリオテのユダの実像に迫ろうとするもの。

平たくいえば、採用する福音書によってユダを善玉と扱うものと悪玉と扱うものに実は別れていて、その上に福音書の中に後代に付加された文もあることが事情をさらに複雑にしている、とこの著者は見ている。

全体として見ると主にルカによる福音書とヨハネによる福音書に、イスカリオテのユダ善玉論の証拠たるべきものが散在しており、とくにルカ伝は公平に見ている姿勢がある。ユダが自殺したかどうかまで怪しいとする。

クラッセンによると、まずユダは12使徒の一人だった。そして次のような状況証拠があると見ているようだ。
1.ユダが最後の晩餐の最後まで居た(ルカ伝)。
2.ユダがイエスを祭司長に引き渡したことについてイエスが何の驚きの表情を見せていない。
3.イエスがユダを使者として送り出す時に、「しようとすることを今すぐ、しなさい」(ヨハネ伝13.27)と、ユダの「イエスを祭司長に引き渡すこと」を催促、つまり内諾しており、金欲しさの裏切りではないことを、この言葉でイエスが認めていること。

そしてルカ伝に、ユダが祭司長グループの先頭に立って誘導してきた時に、イエスがユダに「ユダ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか」という印象的な言葉がある。

この場面についてイエスとユダの間で打ち合わせができていなければ、「血迷ったかユダ、お前は自分の行動を後悔することになるぞ」ぐらいの叱責の言葉を言ったと思う。この期に及んでも、イエスはユダに対して、親愛なる弟子がノーマルな行動をしているという態度を変えていない。「ユダ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか」というのは、いささか芝居がかったせりふにも見える。

ルカ伝(22.47-53)
『イエスがまだそう言っておられるうちに、そこに群衆が現れ、十二弟子のひとりでユダという者が先頭に立って、イエスに接吻しようとして近づいてきた。 そこでイエスは言われた、「ユダ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか」。

イエスのそばにいた人たちは、事のなりゆきを見て、「主よ、つるぎで切りつけてやりましょうか」と言って、 そのうちのひとりが、祭司長の僕に切りつけ、その右の耳を切り落した。 イエスはこれに対して言われた、「それだけでやめなさい」。そして、その僕の耳に手を触て、おいやしになった。 それから、自分にむかって来る祭司長、宮守がしら、長老たちに対して言われた、「あなたがたは、強盗にむかうように剣や棒を持って出てきたのか。 毎日あなたがたと一緒に宮にいた時には、わたしに手をかけなかった。だが、今はあなたがたの時、また、やみの支配の時である」。』

クラッセンの評価は、せいぜいユダは裏切り者ではなかったのではないかという点に留まる。ユダ福音書のようにイエスよりユダの方が力量が上だったと見えるところまでは踏み込んではいないが、極めて現代的な見方だと思う。




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