アヴァンギャルド精神世界

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聖アントニウスの誘惑

2008-04-17 06:10:47 | キリスト者の秘蹟
◎無意識の悪魔、意識の聖者

泰西の絵画展に行くと、聖アントニウスの誘惑という絵画を見ることが多い。

聖アントニウスは、西暦251年中部エジプトに生れたキリスト者である。厳格な苦行者であり、砂漠に住んで105歳で亡くなるまで、苦行を繰り返したという。

なぜこのように毎度このテーマが採り上げられてきたかと考えると、まず西洋人の心性の中には、悪魔に魂を売り渡したファウストと、悪魔の度重なる誘惑にもめげずに苦行を続けていった聖アントニウスが、いわば正反対のタイプのプロトタイプとして意識的にも無意識的にも存在していたようである。

堅気の真面目なキリスト教信者にとっては、聖アントニウスのように世俗の生活で様々な誘惑があったり罪を犯したりすることが多いけれども、苦行、告解などを通じて都度罪の許しを請いながら、まじめなキリスト者として人生を渡っていくというのが、代表的なこの千年くらいの信仰生活モデルだったのではないだろうか。

つまりその無意識では悪魔と友人であるファウスト博士を抱えながら、実生活の表層意識では、その誘惑を退け聖アントニウスたらんとして生きる。

日本人ならあまり問題にしない、悪魔ないし、悪魔の誘惑というものをこれほどに身近な大きなテーマとして捕らえたがる所こそ、日本人と西洋人の心性の決定的相違の一つと見ることができる。

最近は、身近に西洋人がいることが多くなり、西洋人の気質みたいなものを生で見聞きすることが増えて、それなりの西洋人観を持っている人も多くなった。曰く、日本人に比べると性欲が強い、こだわりが強いなどであるが、そうした気質、体質を前提として聖アントニウスの誘惑がメジャーな絵画テーマとなって扱われてきた訳である。


    1日1善。1日1クリ。


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