アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

利己的な願望を捨てる

2007-03-05 05:45:26 | 冥想アヴァンギャルド
◎欲望の達成と無欲は同時に起こる

次の時代に生き残るためには、自分だけ生き残りたいという利己的な願望を残してはならないなどというテーマを持ったとしても、それはその願望を残してはならないという欲望さえ消えた時に初めて実現されるものである。

ただしその実現のためには、あらゆる努力を傾注することが前提条件となる。たとえば「利己的な願望よなくなれ」というスローガンを何万回も繰り返すとか、日々の行動の中で絶対に自分を利する行動をとらないというカルマ・ヨーガの実践を繰り返し行うとか、利己的な願望がなくなった自分というものをありありと頭の中で思い描く観想法とかやってみる。

こうしていろいろトライしてみた結果、利己的な願望がなくなるかもしれないし、なくならないかもしれない。自分がなくなるということは高度に精神の成熟度がからむものであって、自分ではどうしようもない条件であるところの、魂の成熟度という自分自身の都合が、それを許す場合と許さない場合があるというのは無視できないファクターだと思う。

以下は、スワミ・サッチダーナンダのヨーガ・スートラの解説の一部。これは無欲を達成した後に全体のプロセスを回顧していることに注意したい。

『聖者チルムーラーは、「神をさえ、求め給うな」と言う。それは求めることそのものが束縛だということである。
究極的には神を得たいという欲望さえ消えなければならないのだ。

その時はじめて、あなたは神を得るだろう。

ではそういう欲望はいつになったら消えるのか?神を得たとき、か?それでは言葉の遊びである。この欲望の達成と、その無欲とは、同時に起こるのである。

それは「私は眠りたい、眠りたい」と言っているようなものなのだ。ある時点がくると、あなたはひとりでに眠りに落ちる。つまりその「眠りたい」がなくなったときしか、あなたは眠れないわけだ。だからこのダルマメガー・サマーディも努力することによって達成されるものではない。

ある時点まであなたはあらゆる努力を傾ける。そしてほんとうにそこまで行った時には、その努力もなくなって、無努力になる。その時点に来ると、それ以上努力することがかえってあなたを低い状態に留めることになる。』
(インテグラルヨーガ/スワミ・サッチダーナンダ/メルクマール社から引用)

※ダルマメガー・サマーディ:法雲三昧と呼ばれる高まりたいという欲望さえ消えた無欲の状態。


コメント (2)