木めぐり像めぐり

気に入った木、気になる像などを紹介していこうと思います。

樫野埼灯台とケマル・アタテュルク騎馬像

2013-12-26 13:24:56 | 

 南紀の串本駅の観光案内所で電動自転車をかりて、ほぼ1時間、上り下りの多い舗装道路を走って、大島の突端にある樫野埼灯台へ行きました。電動自転車でなければ、坂道が多いので、これなかったかもしれません。バスも走っているのですが、やはり機動力という点で自転車は便利です。写真は灯台とそのそばで遭難した軍艦エルトゥール号を救助したことにより、駐日トルコ大使館より串本町に寄贈されたムスタファ・ケマル・アタテュルク騎馬像です。アタテュルクは、第1次世界大戦後、分割占領された祖国解放に立ち上がり、指導者としてこの戦争を勝利に導き、初代大統領として、祖国の近代化を成し遂げ、建国の父として国民から深い尊敬を受けている。
 樫野埼灯台は、1866年江戸幕府とアメリカ等4カ国との間で結ばれた江戸条約で建設が決められた8灯台の一つです。「日本の灯台の父」として知られるリチャード・ヘンリー・ブラントン(英国人)がわが国で初めて手がけた石造りの洋式灯台で、1869年3月着工、翌年6月10日点灯されました。
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熱田神社のクスノキ

2013-12-22 11:22:03 | 

 初詣の参拝者の数でよくニュースになる熱田神宮がどんなところか見学しました。雰囲気は明治神宮とかなり似ていると思いました。規模は明治神宮のほうが大きいですが、歴史的な重みは、この熱田神宮のほうがはるかに凌いでいます。そこに写真の大きなクスノキがありました。説明によると「境内には楠の木が多く、特に大きな楠7本を7本楠と呼び古くから有名である。この楠は弘法大師お手植えとも言われ、樹齢は千年以上と伝えられている。」となっていました。
 境内にはこのほかにも大きな楠が数本ありました。
 
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和歌山城のクスノキ

2013-12-17 14:00:39 | 

 和歌山城は、1585年羽柴秀吉が紀州を平定し、弟の秀長に命じて虎伏山の峰に創建した平山城です。1619年徳川家康の十男・頼宣が入国し、御三家の紀州藩が成立し、1621年二の丸大奥部分を拡張するため、西内堀の一部を埋め立て、南の丸・砂の丸を内郭に取り入れ、ほぼ現在の和歌山城の姿になりました。昭和20年の和歌山大空襲で焼失。昭和33年に鉄筋コンクリートで復元されました。
 立派なお堀もあり、一周するのに1時間もかかり、かなり大きな城でした。そこに、枝垂れる様な枝ぶりのクスノキがあり、写真に撮りました。何でこんな姿になったのか考えたのですが、石垣の上にあるためじゃないかと推理しました。
 説明によると「周囲7m、樹高25m、推定樹齢450年、城内最大の樹木で、和歌山大空襲で損害を受けたが、樹勢が回復し、今日に至っている。」とのことです。
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