「わたしたちの涙でゆきだるまが溶けた こどもたちのチェルノブイリ」 梓書院 チェルノブイリ支援運動九州編。チェルノブイリ事故後の子どもたちの作文集です。この作文集を愛読していた女性からぜひ紹介してほしいとメールが届きました。昔の出版物で版元にも残部は多く残っていないそうですが、ぜひ読んでほしい内容です。このメールをくれた女性が、自分のブログで、転載していくそうです。この作文集より二つ、話を紹介します。
この森には何でもあった。草原は僕を引き寄せ、友達と長い時間を過ごした。
森はキノコの王国だった。
しかし今は、すべて過去のものとなってしまった。
僕たちの村、ミノフビッチでの放射能の測定値は5キュリーに達した。
昔とはまったく違う村になってしまった。
チェルブイリは僕たちから、平穏、未来への希望、幸福への確信をすべて奪い取ってしまい、今はただ恐ろしい悪夢の時代になってしまった。
僕は学生で、よく勉強している。僕や友達が熱望することは、将来、新聞、ラジオ、テレビが報道している禁止事項がすべてなくなってしまうことである。
大祖国戦争のとき、ベラルーシ国民は多大ば犠牲を払った。
4人に1人が死んだ。
残忍なチェルノブイリは、何万人もの人々の命を奪い取去り、何万人の子どもを病院や診療所にたたきこんだ。
テレビで親たちが最後の望みをかけて、骨髄移植のために息子や娘を国外につれていく費用を協力してほしいと訴える様子は見るに堪えなかった。
血液のがん。これは治療の困難な現代の病気である。
罪深いチェルノブイリはとうとう僕にも甲状腺の病気をもたらしてしまった。今後どうなっていくのか、予測はできない。
最近、僕はアリョーシャ・クリーガのチェルノブイリに関する本を読んだ。
彼はブラーギン地区病院の監査委員のメンバーとして従事した時のことを書いている。
その本のあるページに記載してあった診療登録されたカルテのデータは、心の痛みなしには読むことができなかった。
エレナ・D 1985年生まれ 線量 396レム
アンドレイ・G 1985年生まれ 線量 788レム
女の子や男の子が百名以上も、甲状腺の被ばく線量の数字とともに並んでいる。
なんと恐ろしいことだ。
戦争があったわけでない。爆弾が落とされたわけでない。
地雷が落とされたわけでない。
だが、子どもたちが死んでいく。
これが戦争でなくてなんであろう。災難は音もなく、裏切りもののように忍び寄ってくる。
僕たちは何のために生きているのだろうか。
森の中に入るのは禁止。草原で遊ぶのは禁止。
魚釣りも禁止。しかし、生きることは許可する。人間の命はなにものにもまさり尊いと言いながら、農民の子どもが自分の血でのどを詰まらせている。
ナローブリャの男の子が授業中に気絶する。
ブラーギンでは先生が女の子の出血を止められないでいる。
なぜ、こういうことに目を向けるのであろうか。
この不幸なこどもたちを救うためには何ができるだろうか。
チェルノブイリの苦痛。この問題は永遠の課題になってしまった。
僕たちはみな、チェルノブイリによって刻印を押された無実の囚人である。このような生徒はベラルーシに50万人いる。
チェルノブイリの悲劇はわれわれの健康、魂、運命を損ない続けている。
僕はこんなことが起こるのは嫌だ。僕たちはみんな将来によりよい希望を持って生き、遊び、楽しみたいのだ。
ソコビッチ中等学校7年生 ソリゴルスク地区
チェルノブイリが私の小さな村を荒らしたとき、私はたったの5歳だった。
不幸は私の家も避けはしなかった。
兄のミーシャは、今もなお無慈悲に人々をなぎたおし続けている恐ろしい病気、ガンで死んだ。
医者は放射能のせいだと言った。
ミーシャは、20回目の春を迎える一週間前に死んだのだ
今では、ガンがチェルノブイリ事故の影響であることを疑う人はいない。
なぜ、私の兄に恐ろしい白羽の矢がたったのか。
なぜ、今死んでいく何千人もの人々に白羽の矢がたったのか。
兄は死ぬ前に、もう歩けなかった。
兄は私にこう頼んだ。
「僕のそばに座って、マーシェンカ、美男子になるように髪をすいてくれないか」と。私は黙ってうなずいた。
兄は暗い、生気のない目でただ私を見つめるだけだった。
そして、私は一人祈りつづけた。
命の灯りを
消さないで 瞳さん
暗い夜になるまえに
家族みんなつらかった。
私と母はミーシャをがっかりさせないように、こっそり泣いた。
こうやってチェルノブイリはわが家に侵入し、壁にかかる遺影として永久に住み着いてしまった。
時は進む。人々は以前人生の出来事を思い出すとき「戦争前、戦争後」と
言っていたが、今では「チェルノブイリの前、チェルノブイリの後」と
言っている。それは悲しい歴史の区切り目となってしまったのである。
チェルノブイリの悲劇は、私たち皆に慈悲、思いやり、良心を要求している。
なぜなら、それがないところには不幸が住みついてしまうからである。
でも今わがやには不幸がいすわっている。それは出ていこうとはしない。
何年たっても何世紀たっても
この痛みは私たちから去らない
それはあまりに大きく果てしなく
どうしても鎮められない
それは負の遺産として
何世紀も 私たちの子々孫々に残るだろう
そして彼らの心に居すわって
永遠に平静を奪うだろう
地球上の一人ひとりが
このおそろしい年
おそろしい日を覚えていますように
======================================
「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」
梓書院 チェルノブイリ支援運動九州より
===================================================================
今週土曜日午前の横浜関内ホール、日曜日の群馬は満員になっています。横浜は予約メールの提示をお願いします。医療関係者や専門家で希望の方や、取材の依頼は、直接私にメールください。
24日(月)に、南足柄か小田原近辺で講演会をおこないます。会場確定次第、お伝えします。
さらに29日(土)午後に沖縄・那覇でも開催予定です。まもなくこれもオープンにいたします。
====================================================================
放射能防御プロジェクト in 伊東
木下黄太講演会
10月21日(金)木下黄太氏を伊東に迎えます。
1999年,茨城県での東海村JCO臨海事故
(日本国内で初めて事故被曝による死亡者を出した)
を直接取材し、放射能の危険性を理解する人物。
福島第一原発の真実。
そして伊豆、伊東が現在、放射能にどの程度汚染されているのか。
測定結果をもとに講演していただきます。
私達は自費で土壌検査、
空間放射線量を調べた結果、伊豆にも放射能汚染がある事を知りました。
ぜひ福島第一原発事故の真実を知って、真剣に考えましょう。
福島第一原発事故後の体験談
放射能性物質が子供達へどのような危険を及ぼすのか
質疑応答
■日時:10月21日(金)
開場13:15 13:30開始~17:00終了予定(開場、開始時刻変更注意)
参加ご希望の方は合わせてお申し込み下さい。
■定員:200名
■会費は基本無料ですが、メンバーが私費で運営しています、
ご理解が得られた方は是非500円程度の寄付金をお願いします。
■場所:生涯学習センターひぐらし会館3Fホール
伊東市桜木町1-1-17
参加申し込みは自由ですが、
メールでの申し込みも大歓迎です。
放射能からこどもを守る市民の会 save.izu@gmail.com(メールアドレス訂正しました)
子供を放射線から守る事が趣旨ですので
お子様やお孫さんを守る為に是非参加お願いします
木下黄太講演会 IN 浜松
定員オーバーで会議室が変更です。
■日時:10/25(火) 開場:18:00~、開始:18:30~20:30
■会場:アクトシティ コングレスセンター53~54会議室 (最大198名)
■参加費:600円 (会場費・小学生まで無料) ■アクトシティアクセス:http://www.actcity.jp/about/access.php
■申し込み先:kodomohamamatsu@gmail.com
木下黄太講演会 IN 京都
日時:2011年10月28日(金) 午後1時~午後3時半
場所:京都市下京区 ひとまち交流館・大会議室http://www.hitomachi-kyoto.jp/access.html
定員:300名 (可能な方は事前に予約を。当日でもたぶん大丈夫ですが)
料金:500円
*小さなお子さま連れの方も、どなた様も是非お越し下さい。親子室もございます。
主催:京都ママパパの会 http://kodomo-kyoto.sakura.ne.jp/
申し込み先:: kodomokyoto@gmail.com








日本の無能な政府の対応、チェリノブイリの後を追っているように思えます
原発事故で放射能が漏れてしまったら、いかに素早い対応で僅かな限られたタイムリミットの中で退避出来るかが鍵なのにそれをしなかった政府の責任は重いです
確かに、我々大人達が被曝したのは自業自得かと思います
何故なら、3.11が起こる迄の数十年考える時間は充分有った筈なのに、無関心で原発というとても危険な物を放置してのさばらせたからです
しかし、チェリノブイリも福島も子供達を犠牲にする行為だけは許されないです
子供達は何も罪は有りません
夢や希望、可能性に満ちています
子供達を見境なく被曝をさせて行くのは虐待行為です
放射能で発病したらどんなに惨い事になるか調べれば素人でも直ぐに分かります
放射能が漏れ出して7ヶ月、最早タイムリミットが近ずいてます
何の罪も無い子供達だけでも疎開させて下さい、方法は幾らでも有ると思います
子供達の笑い声、笑顔を奪わないで下さい
我々大人達の起こした事の重大さを今一度見つめ直して下さい
私の周囲は今までの生活を変えたくない、もしくは変えられない人々ばかり
避難についても
口に出せない方が大部分ではないでしょうか
未来に確実に忍び寄る現実を知り
ますます周囲と
分かち合えない不安と孤独に悩む人々にとって木下さんのブログは救いです。
逃げろというより、福島第一の放射性物質の放出を止めろ、と、西日本での安全を確保する運動に変えたらいかがでしょうか?
今回の事故によって
自分の子供の為、、
チェルノブイリの子供達の為にも
戦いたいと思うようになりました。
がれき受け入れの締め切り?が
10/21とのこと、
幼児二人連れてでも
比較的近くでデモが行われれば
参加したいです。
チェルノブイリの奇形児写真でも
大きく掲げればマスコミにインパクトあるでしょうか
(良くないでしょうか)
決議されたなら、、、
最終には焼却場?の前ででも
お役所が諦めるまで騒いでやりたいです。
放射能が少しでも含まれたがれきは
東京電力敷地内で
(足りなければ回りの高濃度の土地を買い取って)
保管、漏れないようにフタ!!!して欲しい。
汚染を全く気にしていない学校や世間が、とても悔しいです。なんとか子供を守りたいです。
8月にこのブログを知り、子供のアトピー悪化が原発のせいだと確信しています。
主人をなんとか説得し、しばらく九州へ移住できそうですが、海外はやめてくれと言われてしまいました。海外に行った人の話をしても、本当かわからない、自分達にはできない、日本程安全ではない、何かあった時に言葉がわからなくては避難もできない。しかも頑張って入った私立なんだから、戻る前提での移住。私はネットばかりしている引きこもりと同じそうです。視野が狭い、周りのママと話してみろって。主人は周りがしないから自分もしないが基本思想のようです。テレビや新聞が言ってなければ信じてもらえない。
沖縄でさえ、スーパーに並んでいる製品は食べさせられない物ばかり。九州野菜もガレキや腐葉土で不安が増し、バターも砂糖も小麦粉も注意が必要。
スーパーで「これ食べて大丈夫?」と聞く息子に、胸が張り裂けそうです。
愚痴で長文ごめんなさい。これからも頑張ってみます。木下さんが頼りです。どうかお体大切に。
☆おしゃべりで まずい時にまずいことを言う。
☆はしゃいだり多動、動きにムダが多い。
☆感覚の逸脱がある。
☆必要以上に人を調べ操り怒らせる。
☆気分の変化が大きく予測計算ができない。
☆有益な整理や選択不能。
☆強迫的で撤回困難。
昔勉強した ADHD、自閉症児の特徴ですが そっくりですね、民主党と。
チェルノブイリの悲劇に胸がつまります。
明日の我が子の姿かもしれないと思うと、泣き叫びたくなります。
千葉から岐阜へ移住して、なるべく内部被爆の少ない食材を取り寄せ、掃除して毎日を過ごしていますが、家族は体調不良が続きます。SOEKSで測る線量が、9月の台風以降室内で0.18~0.22あります。外はやや家の中よりは低い。1階の部屋だからでしょうか?賃貸だから、密閉率が低いのでしょうか。(換気扇をつけても、空気圧が変わらないのです)
窓は開けておらず、洗濯物も外では干していません。カーテンを洗ったり、壁を拭いたりしているのですが変わらないのです。
幼稚園にもようやく慣れてきて、子供に笑顔が見られるようになってきたのに、ここにいることが怖くてなりません。
海外へ行くべきなんでしょうか。
今、ここでぐずぐずしていることは、20年後のガンになるのでしょうか
悩みます…。
「すでに福島市、二本松市、相馬市、いわき市の女性の母乳から 2~13ベクレル/Kgのセシウム137が検出されている。この濃度はチェルノブイリの住民の尿中のセシウム137に ほぼ匹敵する」(児玉教授)
福島のお母さんたちの座り込み、10/27(木)~10/29(土) 応援しましょう。
呼びかけ・賛同者を募集しています。★
ホームページ: http://www.goodbyenukes.com
11月13日に、福岡市舞鶴講演で「さよなら原発!1万人集会」を開催します。
(わたしたちの涙で雪だるまが溶けた)を出したチェルノブイリ支援運動九州の代表深江守さんが、実行委員会の事務局長をしています。
上記ホームページに詳しい案内が出ています。是非ごらんください。
脱原発ネットワーク・九州代表、九電消費者株主の会事務局長 深江 守
九州電力に対して取り組んでいる100万人署名もあるそうです。
mfukae@jcom.home.ne.jp
福岡近辺の方、九州の方是非広めて大きな運動にしてください。