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3連覇 マークセン選手の日本ツアー出場のきっかけは?

2018年07月16日 | タイのゴルフ、あれこれ
 
 シニアメジャーの「日本シニアオープン」で、プラヤド・マークセン選手(52)が大会3連覇。

1993年に達成した金井清一プロ、94年から97年にかけて4連覇を遂げた青木功プロ以来3人目と
いうから立派です。最強シニアを決定するナショナルオープンで改めて実力の差を見せつけました。

最終日は寒さと雨天に見舞われながらも、4バーディ、3ボギーとスコアを伸ばし、後続に
5打差をつける通算5アンダーで一人旅の優勝。 唯一のアンダーパーフィニッシュでしたネ。

 

そうでした、5月の国内メジャー「日本プロ」で50歳92日という大会最年長で優勝を果たして、
優勝候補の本命と言われていた新人・谷口徹プロ。予選ラウンドを単独首位で通過しながら、通算

イーブンパーの単独2位で終了。雨天でパットに苦しみショットも狂いました。勢いのある新人でも、
マークセン選手の独走を許してしまいました。それだけマークセン選手が凄いということでしょうネ。

シニアツアー2年目、1966年12月6日生まれの51歳・川岸良兼プロ(15位)、やはりシニア
ルーキー、1968年3月2日生まれの50歳・伊澤利光プロ(16位)も出場していましたけどネ。

 

でも谷口徹プロは、今年2月に50歳になりシニアツアーへの出場条件を満たしていましたが、レギュラー
ツアーに専念するため今年のシニア登録を見送っていました。レギュラーツアーで勝つくらいですからねぇ~

ですから、来年からシニアンでプレーするのかと思いきや、「日本プロ」優勝者の資格で出場権を
得た今大会は『日本ゴルフ協会(JGA)』主催競技のため、登録がなくても出場が可能なんですネ。 

 

ですが『日本プロゴルフ協会(PGA)』が統括するシニアツアーには出場できないとのこと。 
皆さん 知っていました? 私は知りませんでした、男子ツアーはややこしいですねぇ~

ところで、今や誰もが認めるトッププロゴルファーとなったプラヤド・マークセン選手ですが、
ロイヤル ホアヒン GCでキャディをしながら腕を磨いていた時代を知る人は少なくなりました。

 
 <初優勝した頃は上江州さんがキャディをして支援していました>

若い頃から彼の実力を認め、日本ツアー参戦へ橋渡しをしたのが、シラチャとバンコクで鮮魚が
自慢の「すえひろ」という日本料理店を経営している渡辺保之(やすし)社長(64)でした。

プラヤド・マークセン選手が、プロに転向したのは遅く1991年・27歳の時で、その前はロイヤル
ホアヒン GCでキャディの傍ら家計の足しにサムロ(人力車)を引いて頑張っていた苦労人です。

 
 <バンコクのすえひろ>

当時、ホアヒンにアロエ畑を造り、森永製菓のヒット商品「アロエヨーグルト」を成功させる
事業を営んでいた渡辺さんは、レッスンプロから紹介されたマークセン選手、タイのゴルフ界を
けん引してきたブンチュー・ルアンキット選手(62)らと、よくラウンドしていたといいます。

 渡辺さんのツテとコネで日本行きが実現し、日本ツアーへの初参戦は1997年・33歳の「サントリー
オープン(結果は25位)」でした。 それから、まさかマークセン選手が これほどのトッププロに
なるとは、誰も予想できませんでした。 さぞかし渡辺さんも嬉しいことでしょうネ ・・・  



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