マロリーな日日(にちにち)

癒し系ソフト・ボトルメールの作者が、ガツガツ派では見えないゴロゴロ視点で、ビジネスの世界を観察していきます。

非常事態から学ぶ

2008-09-17 17:49:19 | 閑話
人間は、日常ではそんなに差が出ないものである。
しかし、紛争とか飢饉といった非常事態では、心の奥底に眠っている小さな暗黒や、あるいはその反対の光が、同じようなフツーの人間を悪魔にも天使にも分けてしまうものである。そして自分の本性を知るのである。

私も長い間、平穏無事な日常に生きていた。
そう、今日というこの日が来るまで・・・。

大腸内視鏡検査。
健康診断で要再検査となり、さらに念のため大腸内視鏡検査をやりましょうということになった。
事前のブリーフィングで、「この検査って痛いんですか?」と尋ねたところ、
「大腸には痛みを感じる神経がないので、原則痛くありません。でも、大腸の曲がった部分で、内視鏡のチューブが大腸をひっぱるとき、その圧迫を痛みと感じることがあるようです」との回答。

ふーんと、思い、帰宅後、参考までにネットで検索。とくに、痛いというコメントは見あたらない。
しかし、さきのブリーフィングでもう一つ気になるコメントがあった。

「もし、本当に痛いようであれば、途中でギブアップしてくれてもかまいません。大半のポリープは第1カーブから、第2カーブの間にあることがわかってますから、少なくともここだけでも検査できればそこそこ安心できますので。」

むむ、検査を痛みでギブアップとはただらぬ事態。でも、古くから胃カメラは大変だとかよく聞くし、お年寄りの受診のことも考えれば、まぁ、ケースとしてはありえるかもしれない、なんて勝手に思っていた。

検査当日。
再び、ギブアップの件について説明を受ける・・・??

ガウンに着替え、お尻にスリットのある膝丈の紙製パンツをはき検査室へ。
内視鏡はスルスルっと入っていき、初めは順調。

うむ、これがウワサの痛みか。大腸のカーブに達したようだ。技師もそのように説明してくれた。
だが、やがて、めちゃくちゃ痛いではないか!
いつの間にか、「ててて」とか「うー」とか声を出している自分に気づく。
今までに味わったことがない不思議な痛みと恐怖。
たたかれて痛いという感覚ではない。

おなかの中で、ねっとりとわき起こる不思議な痛みの感覚。
ひょっとしてこのまま内視鏡が大腸を突き破っちゃうんじゃないかという不安。
胸にチューブが充満していて、口から内視鏡が出てきそうだ。
この痛みはもっと強くなるのではないのか、そもそも、あとどれくれらい我慢すれば検査が終わるのか・・・。

初めて感じる感覚。そしてそれをどう我慢していいのか全く分からない。
しかも、完全な情報不足の環境、加えて、致命的な重病の治療ならいざ知らず、いわゆる検査ごときで、これはどう考えてもペイしない。

私の絶叫で、看護婦さんが検査をやめましょうかと尋ねてきた。ノーコメントで2回は拒絶(のつもり)。
でも、3回目で「やめますー!、やめてくださいー!」と、自分でも驚くほど、あっさりギブアップ。

「わかりました。でも、もうちょっとコチョコチョやってみますね」と技師。
そのうち、「あー、終点が見えました。あとは抜くだけですから、がんばってください」

って、遅いと思ったら、やっぱり進んでいたのか!


この検査まで、自分は意志が強くて絶対にギブアップしないタイプだと思いこんでいた。
007やゴルゴの拷問シーンを見ても、私も彼ら同様、精神力で痛みを吹き飛ばすタイプだと思いこんでいた。

自分の仮面の裏側を覗く経験をみなさんもぜひ。


PS
 大腸内視鏡検査を経験したことのある友人は、そこまでは痛くなかったなぁと言っていたので、全員が全員、そういうわけではないようです。

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