菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
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2018/09/20  日記  汀女忌

2018-09-20 22:11:03 | (2)日記

2018/09/20 () 旧暦: 811日 祝日・節気: 彼岸、空の日、バスの日 日出: 526分 日没: 1741分 月出: 1505分月没: 035分 月齢: 10.37 干支: 乙卯 六曜: 赤口 九星: 六白金星


今日のあれこれ: 汀女忌

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(四国文藝秘誌
https://blogs.yahoo.co.jp/kenmochibunko3/9516884.html
より転載



『汀女忌
仲秋
           .
俳人中村汀女の忌日。九月二十日。
(一九〇〇~一九八八年)現代女流俳人の草分け。
十八才で初めて「我に返り見直す隅に寒菊赤し」と作り新聞に投句。
虚子に師事。日常を計らいなく詠んだ。』
(季語と歳時記)



汀女忌の俳句:


・汀女忌のせめて机上の書を正す 村田 脩



今日920日は、中村汀女の忌日である。
汀女は、1988年(昭和63年)920日に88歳で亡くなっている。

『中村 汀女(なかむら ていじょ、1900年(明治33年)411 - 1988年(昭和63年)920日)は、俳人。本名、破魔子(はまこ)。星野立子・橋本多佳子・三橋鷹女とともに4Tと呼ばれた、昭和を代表する女流俳人。

経歴
熊本県出身。熊本県飽託郡画図村(現熊本市東区江津1丁目)に斉藤平四郎・テイの一人娘として生まれる。平四郎は地主で、村長も務めた。1912年(大正元年)、熊本県立高等女学校(現熊本県立第一高等学校)に入学。1918年(大正7年)、同校補習科を卒業。このころより「ホトトギス」に投句を始めた。また、汀女は杉田久女に憧れてファンレターも出した。1921年(大正10年)9月、久女が江津に訪ねてきている。ここから、汀女と久女の交流は永くつづいた。

1920
年(大正9年)に熊本市出身の大蔵官僚(税務)の中村重喜と結婚。以後、夫の転勤とともに東京、横浜、仙台、名古屋など国内各地を転々とし、後に東京に定住した。なお、息子は尾崎士郎の娘一枝と結婚している。長女・小川濤美子は俳人。1934年(昭和9年)ホトトギス同人となり、最初の句集『春雪』を発表。戦後の1947年(昭和22年)には俳誌『風花』(かざはな)を創刊・主宰した。1980年文化功労者、1984年(昭和59年)日本芸術院賞受賞[1]。名誉都民、熊本市名誉市民。

1988
年(昭和63年)920日、東京女子医大病院で死去(心不全)。享年88。墓は浄土真宗本願寺派本願寺築地別院和田堀廟所(東京都杉並区)にある。

作品

   
たんぽぽや日はいつまでも大空に
   
外(と)にも出よ触るるばかりに春の月
   
秋雨の瓦斯(ガス)が飛びつく燐寸かな
   
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな
   
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや

などの句が知られている。交流のあった久女の力強い句風とは異なり、生活に密着した素直で叙情的な作品が多かった。高浜虚子は実子の星野立子と並んで汀女を特別に指導しており、汀女の第一句集『春雪』(1930年)と立子の同年の句集『鎌倉』に同じ序文を寄せて姉妹句集としている。汀女の作風は、ときに「台所俳句」とも揶揄されたが、自身は「私たち普通の女性の職場ともいえるのは家庭であるし、仕事の中心は台所である。そこからの取材がなぜいけないのか」(『汀女自画像』)と主張し、女性の生活を肯定した[2]

著書

   
『春雪』三省堂(俳苑叢刊)1940
   
『汀女句集』甲鳥書林
1944
   
『互選句集』星野立子共著 文藝春秋新社
1947
   
『花影』三有社
1948
   
『都鳥』新甲鳥
1951
   
『俳句の作り方』主婦之友社
1953
   
『ふるさとの菓子』中央公論社
1955
   
『をんなの四季』朝日新聞社
1956
   
『婦人歳時記 現代俳句の手びき』実業之日本社
1956
   
『母のこころ』ダヴィッド社
1957
   
『今日の俳句』柴田書店
1957
   
『中村汀女句集』角川文庫
1960
   
『明日の花』富山房
1963
   
『紅白梅』白凰社
1968
   
『俳句をたのしく』主婦の友社
1968
   
『中村汀女句集』白凰社
1969
   
『風と花の記』芸術生活社
1973
   
『手紙の書き方 もらってうれしい手紙とは』光文社カッパ・ブックス
1973
   
『中村汀女俳句集成』東京新聞出版局
1974
   
『汀女自画像』主婦の友社
1974
   
『伝統の銘菓句集』女子栄養大学出版部
1977
   
『その日の風』求龍堂
1979
   
『花句集』求竜堂
1983
   
『今日の風今日の花』海竜社
1983
   
『四季の銘菓ごよみ 句集』女子栄養大学出版部
1985
   
『蜜蜂の箱』冬青社
1986
   
『この日ある愉しさ』海竜社
1986
   
『はじめて俳句を作る』主婦の友社
1986
   
『中村汀女俳句入門』たちばな出版
2000
   
『中村汀女全句集』毎日新聞社
2002
』(Wikipedia



汀女
忌の俳句は、数えるほどしか見つから無い。
一句だけ紹介させていただいた。

亡き人を偲んで、身辺を整理整頓し、居住いを正して、お茶を一服。
なかなか、良い趣味だと思う。
「せめて」は謙譲だが、それが生きている。




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