菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2018/09/21 宮沢賢治の俳句

2018-09-21 19:58:00 | (5)俳句

 

宮沢賢治は、詩人として知られているが、関心は広く俳句も詠んでいた。

 

全集に収録されている賢治作の句は30句だそうだ。

以下ネットで見る事ができた賢治の俳句を掲載する。

 

数字付きは、賢治作がはっきりしているもの。

番号なしもそうだと言われているが、確定しているのかどうかわからない。

 

 

 

1          岩と松峠の上はみぞれのそら

2          五輪塔のかなたは大野みぞれせり

3          つゝじこなら温石石のみぞれかな

4          おもむろに屠者は呪したり雪の風

5          鮫の黒肉わびしく凍るひなかすぎ

6          雲ひかり枕木灼きし柵は黝し

7          霜先のかげらふ走る月の沢

8          西東ゆげ這ふ菊の根元かな

9          風の湖乗り切れば落角の浜

10        鳥の眼にあやしきものや落し角

11        目刺焼く宿りや雨の花冷えに

12        鷣呼ぶやはるかに秋の濤猛り

13        鳥屋根を歩く音して明けにけり

14        ごみごみと降る雪ぞらの暖かさ

16        灯に立ちて夏葉の菊のすさまじき

17        斑猫は二席の菊に眠りけり

18        緑礬をさらにまゐらす旅の菊

19        たそがれてなまめく菊のけはひかな

20        魚燈してあしたの菊を陳べけり

21        夜となりて他国の菊もかほりけり

22        狼星をうかゞふ菊の夜更かな

23        その菊を探りに旅へ罷るなり

24        たうたうとかげらふ涵す菊の丈

25        秋田より菊の隠密はいり候

26        花はみな四方に贈りて菊日和

27        菊株の湯気を漂ふ羽虫かな

28        水霜をたもちて菊の重さかな

29        狼星をうかゞふ菊のあるじかな

30        大管の一日ゆたかに旋りけり

 

 

           菊を案じ星に見とるる霜夜かな

           客去りて湯気立つ菊の根もとかな

           魚燈して霜夜の菊をめぐりけり

           水霜のかげろふとなる今日の菊

           霜降らで屋形の菊も明けにけり

           麦飯の熱さめがたき大暑かな

           蟇ひたすら月に迫りけり

 

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2018/09/21  日記  賢治忌

2018-09-21 19:45:00 | (2)日記

2018/09/21 () 旧暦: 812日 祝日・節気:  日出: 527分 日没: 1740分 月出: 1545分月没: 128分 月齢: 11.37 干支: 丙辰 六曜: 先勝 九星: 五黄土星


今日のあれこれ: 賢治忌


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(後藤和弘のブログ
https://blog.goo.ne.jp/yamansi-satoyama/e/5905c07f1f88254be7ba2641b0c04407
より転載)



『宮沢賢治忌(みやざわけんじき)

1933
年(昭和8年)の921日、宮沢賢治が亡くなった。
』(Hatena Keyword



賢治忌の俳句:


・賢治忌やいまに鳴りだすチエロひとつ 道山昭爾


・地のことば風のことばや賢治の忌 山口耕太郎



9
21日は、宮沢賢治の忌日。
昭和8年(1933)、賢治は37歳で亡くなった。
家族に看取られての臨終であったが、父親より先立つ逆縁の人であった。

夢の中で作品を書きながら、一方では北の大地と格闘する厳しい日常を送った賢治は37年間しか生きなかったが、中味はぎっしりと詰まった燃焼する生だった。

賢治忌は季語として、思いの外詠まれている。
賢治の世界は現実から宇宙まで広く深いので、句にも取り上げやすいのだろう。



【データ】

宮沢賢治 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB


宮沢賢治関係へのリンク集

http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai/kenji/link/kenji_l1.htm




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2018/09/20  日記  汀女忌

2018-09-20 22:11:03 | (2)日記

2018/09/20 () 旧暦: 811日 祝日・節気: 彼岸、空の日、バスの日 日出: 526分 日没: 1741分 月出: 1505分月没: 035分 月齢: 10.37 干支: 乙卯 六曜: 赤口 九星: 六白金星


今日のあれこれ: 汀女忌

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(四国文藝秘誌
https://blogs.yahoo.co.jp/kenmochibunko3/9516884.html
より転載



『汀女忌
仲秋
           .
俳人中村汀女の忌日。九月二十日。
(一九〇〇~一九八八年)現代女流俳人の草分け。
十八才で初めて「我に返り見直す隅に寒菊赤し」と作り新聞に投句。
虚子に師事。日常を計らいなく詠んだ。』
(季語と歳時記)



汀女忌の俳句:


・汀女忌のせめて机上の書を正す 村田 脩



今日920日は、中村汀女の忌日である。
汀女は、1988年(昭和63年)920日に88歳で亡くなっている。

『中村 汀女(なかむら ていじょ、1900年(明治33年)411 - 1988年(昭和63年)920日)は、俳人。本名、破魔子(はまこ)。星野立子・橋本多佳子・三橋鷹女とともに4Tと呼ばれた、昭和を代表する女流俳人。

経歴
熊本県出身。熊本県飽託郡画図村(現熊本市東区江津1丁目)に斉藤平四郎・テイの一人娘として生まれる。平四郎は地主で、村長も務めた。1912年(大正元年)、熊本県立高等女学校(現熊本県立第一高等学校)に入学。1918年(大正7年)、同校補習科を卒業。このころより「ホトトギス」に投句を始めた。また、汀女は杉田久女に憧れてファンレターも出した。1921年(大正10年)9月、久女が江津に訪ねてきている。ここから、汀女と久女の交流は永くつづいた。

1920
年(大正9年)に熊本市出身の大蔵官僚(税務)の中村重喜と結婚。以後、夫の転勤とともに東京、横浜、仙台、名古屋など国内各地を転々とし、後に東京に定住した。なお、息子は尾崎士郎の娘一枝と結婚している。長女・小川濤美子は俳人。1934年(昭和9年)ホトトギス同人となり、最初の句集『春雪』を発表。戦後の1947年(昭和22年)には俳誌『風花』(かざはな)を創刊・主宰した。1980年文化功労者、1984年(昭和59年)日本芸術院賞受賞[1]。名誉都民、熊本市名誉市民。

1988
年(昭和63年)920日、東京女子医大病院で死去(心不全)。享年88。墓は浄土真宗本願寺派本願寺築地別院和田堀廟所(東京都杉並区)にある。

作品

   
たんぽぽや日はいつまでも大空に
   
外(と)にも出よ触るるばかりに春の月
   
秋雨の瓦斯(ガス)が飛びつく燐寸かな
   
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな
   
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや

などの句が知られている。交流のあった久女の力強い句風とは異なり、生活に密着した素直で叙情的な作品が多かった。高浜虚子は実子の星野立子と並んで汀女を特別に指導しており、汀女の第一句集『春雪』(1930年)と立子の同年の句集『鎌倉』に同じ序文を寄せて姉妹句集としている。汀女の作風は、ときに「台所俳句」とも揶揄されたが、自身は「私たち普通の女性の職場ともいえるのは家庭であるし、仕事の中心は台所である。そこからの取材がなぜいけないのか」(『汀女自画像』)と主張し、女性の生活を肯定した[2]

著書

   
『春雪』三省堂(俳苑叢刊)1940
   
『汀女句集』甲鳥書林
1944
   
『互選句集』星野立子共著 文藝春秋新社
1947
   
『花影』三有社
1948
   
『都鳥』新甲鳥
1951
   
『俳句の作り方』主婦之友社
1953
   
『ふるさとの菓子』中央公論社
1955
   
『をんなの四季』朝日新聞社
1956
   
『婦人歳時記 現代俳句の手びき』実業之日本社
1956
   
『母のこころ』ダヴィッド社
1957
   
『今日の俳句』柴田書店
1957
   
『中村汀女句集』角川文庫
1960
   
『明日の花』富山房
1963
   
『紅白梅』白凰社
1968
   
『俳句をたのしく』主婦の友社
1968
   
『中村汀女句集』白凰社
1969
   
『風と花の記』芸術生活社
1973
   
『手紙の書き方 もらってうれしい手紙とは』光文社カッパ・ブックス
1973
   
『中村汀女俳句集成』東京新聞出版局
1974
   
『汀女自画像』主婦の友社
1974
   
『伝統の銘菓句集』女子栄養大学出版部
1977
   
『その日の風』求龍堂
1979
   
『花句集』求竜堂
1983
   
『今日の風今日の花』海竜社
1983
   
『四季の銘菓ごよみ 句集』女子栄養大学出版部
1985
   
『蜜蜂の箱』冬青社
1986
   
『この日ある愉しさ』海竜社
1986
   
『はじめて俳句を作る』主婦の友社
1986
   
『中村汀女俳句入門』たちばな出版
2000
   
『中村汀女全句集』毎日新聞社
2002
』(Wikipedia



汀女
忌の俳句は、数えるほどしか見つから無い。
一句だけ紹介させていただいた。

亡き人を偲んで、身辺を整理整頓し、居住いを正して、お茶を一服。
なかなか、良い趣味だと思う。
「せめて」は謙譲だが、それが生きている。




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2018/09/19  日記  女郎花

2018-09-19 20:37:25 | (2)日記

2018/09/19 () 旧暦: 810日 祝日・節気:  日出: 526分 日没: 1743分 月出: 1422分月没: ---- 月齢: 9.37 干支: 甲寅 六曜: 大安九星: 七赤金星


今日のあれこれ: 女郎花

「オミナエシ(女郎花)」


https://youtu.be/6TDPoO_d3l4



『オミナエシ(女郎花 Patrinia scabiosifolia)は、合弁花類オミナエシ科オミナエシ属の多年生植物。秋の七草の一つ。チメグサ、敗醤(はいしょう)ともいう。

特徴
沖縄をのぞく日本全土および中国から東シベリアにかけて分布している。

夏までは根出葉だけを伸ばし、その後花茎を立てる。葉はやや固くてしわがある。草の丈は60-100 cm程度で、8-10月に黄色い花を咲かせる[1]

日当たりの良い草地に生える。手入れの行き届いたため池の土手などは好適な生育地であったが、現在では放棄された場所が多く、そのために自生地は非常に減少している。日本では万葉の昔から愛好され、前栽、切花などに用いられてきた。漢方にも用いられる。
...
生薬
全草を乾燥させて煎じたもの(敗醤)には、解熱・解毒作用があるとされる。また、花のみを集めたものを黄屈花(おうくつか)という。これらは生薬として単味で利用されることが多く、あまり漢方薬(漢方方剤)としては使われない(漢方薬としてはヨク苡仁、附子と共に調合したヨク苡附子敗醤散が知られる)。

文化
文学

   
万葉集

       
秋の七草「萩の花尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴朝貌の花」山上憶良(万葉集・巻八 1538
       
「手に取れば袖さへにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも」不詳(万葉集・巻十 2115

   
源氏物語では歌の言葉、前栽の花や襲色目の名として何箇所にも出てくる

       
「女郎花しほるゝ野辺をいづことて一夜ばかりの宿を借りけむ」(夕霧の巻)
       
「霧ふかきあしたの原のをみなへし心をよせて見る人ぞ見る」(総角の巻)

   
「ほど近き法の御山をたのみたる女郎花かと見ゆるなりけれ 晶子」(与謝野晶子の『源氏物語』訳「手習」より)

   
能の演目女郎花:読みは「おみなめし」。小野頼風とその妻の話。頼風に捨てられたと誤解した妻が放生川に飛び込んで自殺。妻を墓に埋めると、そこから一輪の女郎花が生える。頼風がその女郎花に近づくと、まるで頼風を拒絶するかのように女郎花が風で逃げ、頼風が離れるとまた元に戻った。それを見た頼風は死んだ妻が自分を拒絶しているのだと思い、妻と同じ川に飛び込んで自殺する。

その他
花言葉:約束を守る。

名前の由来:異説有り。へしは(圧し)であり美女を圧倒するという説がある。また女郎花を古くは「おみなめし」と読むことより、へしは飯であり花が粟粒に見えるのが女の飯であるという説もある。
』(Wikipedia




女郎花の俳句:


・見るに我も折れるばかりぞ女郎花 松尾芭蕉


・あきの別れ石ともならで女郎花 横井也有


・引袖は尾花にありて女郎花 横井也有



女郎花の句を読んでいて、教養の無さをまた感じた。
芭蕉の句は、そのままの理解で良いだろう。
女郎花の姿と自分の姿を通わせて詠んだもので、深い話は隠れてはいないだろう。

也有の句はよく解らない。
ネット上では、よく出てくる句なのだが、「あきの別れ石」とは何なのかわからない。
解説が書かれたサイトも見つからなかった、ただ紹介しているだけだ。

京都の小野頼風の昔語りにも「別れ石」は登場しないようだ。

江戸期の俳人たちは教養が溢れていた、今の知識人など遠く及ばないと思う。
古典や歴史や故事を踏まえた句など当たり前のことだ。
ご存知の方がおられたら、ご教示お願いしたい。

引袖の句もよくわからないが、一先ずこう考えることにした。
「引袖」は日本の妖怪の引袖小僧を下にしている。妖怪が袖を引く。
尾花は、幽霊の正体見たり枯れ尾花とよく言われるように。
夜、人里離れた道を一人歩いていると、風に揺れる薄でさえ幽霊に見えるのだ。

次に女郎花との関わりだが、「目引き袖引き」という言葉がある。
「声を出さずに、目で合図したり袖を引いたりして、相手に自分の意志を知らせるさま。」(デジタル大辞泉)だそうだ。

女郎は手練手管で袖も引く。
女郎花は、昼間の明るいところでは、なよなよと可憐で美しいが、夜になれば、正体が見えるのではないか、尾花のようにね。
女郎花さん。




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2018/09/18  日記  梨

2018-09-18 19:35:00 | (2)日記

2018/09/18 () 旧暦:89日 祝日・節気:  日出:525分 日没:1744分 月出:1335分 月没:2344分 月齢:8.37 干支: 癸丑 六曜: 仏滅 九星: 八白土星


今日のあれこれ: 梨

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macaroni
https://macaro-ni.jp/56232

より転載)



『梨:     梨子、長十郎、二十世紀、洋梨、有りの実、梨売、梨園
三秋
秋の代表的な果物の一つ。赤梨の長十郎、青梨の二十世紀など品種も多い。水分に富み甘みが強く、食味がさっぱりとしている。』
(季語と歳時記)



梨の俳句:


・げに大き新高梨の豪勢な   大橋敦子


・噛み合はぬ孫との会話梨を剥く  菅野日出子


・今は亡き人と二人の梨をむく  藤岡紫水


・幸せな人と言はれて梨を剥く  齊藤哲子


・妻の手で剥かれし梨の透きにけり  福井久生



梨が店頭に数多く積まれている。
もう梨の盛りだ。
台風が毎日のようにやってきたが、ありがたい事に大きな被害は出なかったようだ。

梨の句を詠んでいると、他の果物とは違う梨の性格がわかる。
蜜柑は炬燵の上に山積みになっていても、食べるときは個人個人だ。
西瓜は丸ごと1個なら一家団欒で10人家族でも足りるだろう。

梨は、包丁で皮を剝かなければならない。
蜜柑のように、一人一個取り、それぞれが剥くのではない。
剥いてくれる人が居て、他の人は剝かれた梨を頂くのが一般的だ。

お母さんが剥いてくれた梨。
奥さんが剥いてくれた梨。
彼女が剥いてくれた梨。

人の為に梨を剥くのは面倒なことだが。
言葉は要らない。
ただ剥いて、“どうぞ”とか“はい”で良い。

亡くなってしまった人に備えるより、目の前にいる人に食べさせる方が幸せだ。

福井は、奥さんに剥いてもらった梨を勿論食べるのだが、先ずは、幸せ色に透き通った梨を見ている。

梨は剥いてあげるもの。
梨は剥いてもらうもの。
言葉は要らない。





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2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その1)

2018-09-17 21:32:07 | (5)俳句


村上鬼城の俳句を集めてみた。

001  粟灯を消して夜を深うしぬ秋の声
002  苗代にひた~飲むや烏猫
003  寒紅を二つはきたる小皿かな
004  新らしき蒲団に聴くや春の雨
005  残雪やがうがうと吹く松の風
006  小さう咲いて勿忘草や妹が許
007  玉蟲や妹が箪笥の二重
008  さみしさに早飯食ふや秋の暮
009  せきれいのとまりて枯るゝ柳かな
010  はらはらと椎の雫や五月闇
011  せり上る一双の蝶や橋の上
012  冬川を追ひあげて来ぬ家鴨飼
013  冴え返る川上に水なかりけり
014  鹿の子のふんぐり持ちて頼母しき
015  冷たさの蒲団に死にもせざりけり
016  雉子おりて長き尾を引く岩の上
017  十五夜の月浮いてゐる古江かな
018  冬の日や前に塞がる己が影
019  落葉して心元なき接木かな
020  稲雀ぐわらん~と銅鑼が鳴る
021  猫の子や親を距離て眠り居る
022  寺ともりて死ぬる人あり大三十日
023  小鳥この頃音もさせずに来て居りぬ
024  蘆の芽にかかりて消ゆる水泡かな
025  ほそぼそと起き上りけり蕎麦の花
026  雹晴れて豁然とある山河かな
027  走馬燈消えてしばらく廻りけり
028  秋声や石ころ二つよるところ
029  棺桶に合羽掛けたる吹雪かな
030  稲妻に水落しゐる男かな
031  立待月かはほり飛ばずなりにけり
032  種蒔や萬古ゆるがず榛名山
033  大雨に獅子を振りこむ祭かな
034  馬に乗つて河童遊ぶや夏の川
035  麦踏んですごすごと行く男かな
036  壷焼やふつふつと鳴る紅炉上
037  花散るや耳あつて馬のおとなしき
038  大寒や水あげて澄む茎の桶
039  山里や男も遊ぶ針供養
040  かりがねの帰りつくして闇夜かな
041  二三人くらがりに飲む新酒かな
042  蓮の葉の完きも枯れてしまひけり
043  雷や猫かへり来る草の宿
044  棺桶を雪におろせば雀飛ぶ
045  鮟鱇の愚にして咎はなかりけり
046  昼顔に猫捨てられて泣きにけり
047  菱の中に日向ありけり目高浮く
048  注連飾日蔭かづらを掛けそへたり
049  蟻出るやごうごうと鳴る穴の中
050  小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
051  行春や親になりたる盲犬
052  小春日に七面鳥の闊歩かな
053  餅搗に祝儀とらする夜明けかな
054  松笠の真赤にもゆる囲炉裏かな
055  藁塚や四五疋虻の大唸り
056  世を恋うて人を恐るる余寒かな
057  君来ねば円座さみしくしまひけり
058  書初や老妻酒をあたゝめたり
059  凩や妙義が岳にうすづく日
060  後の月に明るうなりぬ八重むぐら
061  枸杞垣の赤き実に住む小家かな
062  土くれに逆毛吹かるる毛虫かな
063  柴漬や川上に水なかりけり
064  大皿に蟹のけむりぬ十三夜
065  弟子つれて初卯詣の大工かな
066  野遊やよそにも見ゆる頬冠
067  凩や手して塗りたる窓の泥
068  煤掃いて卑しからざる調度かな
069  糸瓜忌や俳諧帰するところあり
070  土用の日浅間ケ嶽に落ちこんだり
071  初凪や霜雫する板廂
072  草の戸の低き垣根やつげの花
073  麦蒔や西日に白き頬被り
074  船中の寝覚に聞くや秋の雷
075  煤掃や一帙見ゆる草の宿
076  鵜飼の火川底見えて淋しけれ
077  霜とけて初日にけむる葎かな
078  深う着て耳をいとしむ頭巾かな
079  若水のけむりて見ゆる静かな
080  牛蒡引くやほきりと折れて山にひゞく
081  浅間山夕焼ながら初嵐
082  生きかはり死にかはりして打つ田かな
083  山川の水裂けて飛ぶ野分かな
084  道のべによろめきて咲く野蒜かな
085  てふ~の相逢ひにけりよそ~し
086  どこからか日のさす閨や嫁が君
087  秋耕や四山雲なく大平ら
088  大いなる栗の木鉢や麦こがし
089  こと~と老の打出す薺かな
090  冬山や松風海へ吹落す
091  冬山の日当るところ人家かな
092  永き日や寝てばかりゐる盲犬
093  繭掻の茶話にまじりて目しひかな
094  秋晴や鳶のまひ出て海の上
095  海上の大夕焼や施餓鬼船
096  芦の芽や浪明りする船障子
097  砂川の蜷に静かな日ざしかな
098  縁側の日にゑひにけりお元日
099  春浅し壁にかけたる鍬二挺
100  初午や神主もする小百姓
101  蚊柱や吹きおろされてまたあがる
102  柴漬やをねをね晴れて山遠し
103  風垣やくぐりにさがるおもり石
104  草庵に二人法師やむかご飯
105  蟇のゐて蚊を吸寄する虚空かな
106  青葉して浅間ケ嶽のくもりかな
107  麦飯に痩せもせぬなり古男
108  小百姓のあはれ灯して厄日かな
109  元旦や赤城榛名の峰明り
110  月の出てあかるくなりぬ橇の道
111  しをらしや細茎赤きはうれん草
112  樫の実の落ちて馳け寄る鶏三羽
113  ほの青く風乾しぬ今年藁
114  大雷やそれきり見えず盲犬
115  大石や二つに割れて冬ざるる
116  蕪村忌やさみしう挿して正木の実
117  鍬始浅間ケ岳に雲かゝる
118  寒き夜や折れ曲りたる北斗里
119  水馬水に跳ねて水鉄の如し
120  杣の子の二つ持ちたる手毬かな
121  寝積や大風の鳴る枕上ミ
122  春の夜や灯を囲み居る盲者達
123  牡蛎舟のともりて満ちぬ淀の川
124  放生会べに紐かけて雀篭
125  雑煮箸水引かけてひとり~
126  蓮掘の美事な蓮をひき出しぬ
127  薬玉をうつぼ柱にかけにけり
128  網打のしぼりよせたる鱸かな
129  静かさに堪へで田螺の移りけり
130  雲雀落ちて天日もとの所にあり
131  祇園会や万燈たてて草の中
132  水底に蝌蚪の動乱して止まず
133  宝引やさらりと振つて振り落し
134  くら~と煮えかへりけり鰌汁
135  烏の子一羽になりて育ちけり
136  けふの月馬も夜道を好みけり
137  朝寒やからくれなゐの唐辛子
138  茅花さく岡にのぼれば風の吹く
139  菱の実と小海老と乾して海士が家
140  治聾酒の酔ふほどもなくさめにけり
141  ひた~とさゝ波よする*ひつじかな
142  納豆にあたたかき飯を運びけり
143  福寿草さいて筆硯多祥かな
144  稲雀降りんとするや大うねり
145  鬼灯の垣根くぐりて咲きにけり
146  夏草を這上りたる捨蚕かな
148  秋雨やよごれて歩く盲犬
149  傀儡師鬼も出さずに去ににけり
150  早乙女や泥手にはさむ額髪

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2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その2)

2018-09-17 21:28:24 | (5)俳句


151  乾瓢や水引かけてお中元
152  闘鶏や花の下影こきところ
153  行秋や大きうなりて沙弥幾つ
154  高張をもみ消す霧や三の酉
155  虫干や白粉の花さきこぼれ
156  放生会水かきわけて亀かくる
157  ほの赤く掘起しけり薩摩芋
158  古庭を歩いて孕雀かな
159  折さしてかたき蕾や冬の梅
160  水草生ひぬ流れ去らしむること勿れ
161  芭蕉忌や弟子のはしなる二聾者
162  大蜘蛛の虚空を渡る木の間かな
163  女房をたよりに老うや暮の秋
164  松かさのかさりと落ちぬ四十雀
165  麦秋や蛇と戦ふ寺の猫
166  大岩にはえて一本忍かな
167  己が影を慕うて這へる地虫かな
168  胡麻刈や青きもまじるひとからげ
169  軒下の日に咲きにけり寒葵
170  解けて浮く氷のかげや水の底
171  乾鮭をたたいてくわんと鳴らしけり
172  美しき蒲団かけたり置炬燵
173  石の上にほむらをさます井守かな
174  襟巻や猪首うづめて大和尚
175  かるの子のつぎつぎ残す木輪かな
176  焼跡やあかざの中の蔵住ひ
177  大南瓜これを敲いて遊ばんか
178  まひ~やかはたれどきの水明り
179  僧の子の僧を喜ぶ十夜かな
180  木菟のほうと追はれて逃げにけり
181  晴天にから~とひく鳴子かな
182  木の芽してあはれ此世にかへる木よ
183  妻に蹤き俄か詣てや札納め
184  畦塗をつゝきこはして飛ぶ烏
185  短夜や枕上ミなる小蝋燭
186  伊良湖岬見えてなつかし避暑の宿
187  胡麻刈や青きもまじるひとからげ
188  いささかの借もをかしや大三十日
189  吉日のつづいて嬉し初暦
190  まひまひや深く登みたる石二つ
191  長き夜の物書く音に更けにける
192  晝顔に猫捨てられて泣きにけり
193  若芦や夕汐満つる舟溜り
194  今朝秋や見入る鏡に親の顔
195  干鱈あぶりてほろほろと酒の酔にゐる
196  霍乱や一糸もつけず大男
197  魚市のとぼりて寒き海鼠かな
198  猫の来てかけあがりけり返り花
199  水落す春田一枚松の下
200  蓮の実や食ひちらかして盆の上
201  春の日や高くとまれる尾長鶏
202  送り火やいつかは死んで後絶えん
203  塗畦をつゝきこはして飛ぶ烏
204  草の戸にひとり男や花の春
205  大根引くや低くさがりて鳶の声
206  山町やしはがれ声の金魚売
207  八重桜地上に画く大伽藍
208  たら~と老のふり出す新茶かな
209  船住や年の名残の船掃除
210  維摩会にまゐりて俳諧尊者かな
211  大雪や納屋に寝に来る盲犬
212  おとなしくかざらせてゐる初荷馬
213  春寒やぶつかり歩行く盲犬
214  摂待や辞儀も申さずいたゞきぬ
215  苔咲くや親にわかれて二十年
216  秋天や高さ爭ふ峯二つ
217  街道や大樫垣の北おろし
218  春寒やぶつかり歩く盲犬
219  秋雨や鶏舎に押合ふ鶏百羽
220  川普請石を投げこむ焚火かな
221  蛤に雀の斑あり哀れかな
222  綿入や妬心もなくて妻哀れ
223  小さなる熊手にてかく松露かな
224  帯解や立ち居つさする母の顔
225  秋晴や竝べ替へたる屋根の石
226  冬霞ときどき煙る浅間山
227  残雪やごうごうと吹く松の風
228  糸瓜や俳諧帰するところあり
229  茄子汁の汁のうすさよ山の寺
230  草刈の薙ぎ倒しけり曼珠沙華
231  風年や笑み割れそむる鏡餅
232  小百姓の寺田の田螺突きにけり
233  三日月のうすき光や春の山
234  元旦やふどしたゝんで枕上ミ
235  水すまし水に跳て水鉄の如し
236  茗荷汁にうつりて淋し己が顔
237  ほつほつと蓮の実を噛む微酔かな
238  夏夕べ蝮を売つて通りけり
239  よく光る高嶺の星や寒の入り
240  お降や袴ぬぎたる静心
241  簗崩して浪たゞ白き月夜かな
242  若蘆や夕潮満つる舟溜り
243  少しばかり酒たしなむや菊膾
244  生涯のあはたゞしかりし湯婆かな
245  もちの花さくともなくてちりにけり
246  芋秋や馬車曳き出づる大百姓
247  麦刈や娘二人の女わざ
248  念力のゆるめば死ぬる大暑かな
249  牡丹根分けして淋しうなりし二本かな
250  冬の日のくわっと明るき一と間かな
251  露涼し形あるもの皆生ける
252  袴著や將種嬉しき廣額
253  柴漬や風波立ちて二つ見ゆ
254  白魚舟娼家の沖にかゝりけり
255  馬鹿貝の逃げも得せずに掘られけり
256  老いぼれて目も鼻もなし榾の主
257  老が身の着かへて白き浴衣かな
258  稲積むや痩馬あはれふんばりぬ
259  古鍬を研ぎすましたる飾かな
260  韮生えて枯木がもとの古畑
261  菌汁大きな菌浮きにけり
262  昼顔にレールを磨く男かな
263  葭切や糞船の犬吼立つる
264  積藁や戦ひ飽きし寒鴉
265  猫のゐてぺんぺん草も食みにけり
266  夕焼のはたと消えけり秋の川
267  山椒の摘みからされて咲きにけり
268  花ちるや耳ふつて馬のおとなしき
269  つめたさの蒲団に死にもせざりけり
270  茨の実を食うて遊ぶ子哀なり
271  五月雨や起きあがりたる根無草
272  春の雲一つになりて横長し
273  皀莢の落花してゐる静かな
274  年棚やみあかしあげて神いさむ
275  治聾酒や静に飲んでうまかつし
276  芭蕉林雨夜ながらの月明り
277  鹿の角何にかけてや落したる
278  嵐して起きも直らず胡麻の花
279  岩の上に咲いてこぼれぬ山帰来
280  茎石や泥にもならで泥まみれ
281  風除やくぐりにさがるおもり石
282  柚味噌して膳賑はしや草の宿
283  唖蝉をつつき落して雀飛ぶ
284  草枯れて石のてらつく夕日かな
285  蘆の芽や浪明りする船障子
286  相撲取のおとがひ長く老いにけり
287  大木の枯るゝに逢へり蔦蘿
288  あるだけの藁かゝへ出ぬ冬構
289  葛水の冷たう澄みてすゞろ淋し
290  もう~と霜夜に烟る煙出し
291  節分やちろ~燃ゆるのつぺ汁
292  七夕や暗がりで結ふたばね髪
293  大寺や霜除けしつる芭蕉林
294  箒木の門に遊ぶや童達
295  頬白やそら解けしたる桑の枝
296  初雪の見事に降れり万年青の実
297  三軒家生死もありて冬籠
298  くたくたと散ってしまひぬ薔薇の花
299  高浪をくゞりて秋の蝶黄なり
300  遠山の雪に遅麦まきにけり



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2018/09/17 村上鬼城 俳句集成 (その3)

2018-09-17 21:20:41 | (5)俳句


301   暖やときほごしたる芋俵
302   大根引馬おとなしく立眠り
303   ざぶざぶと索麺さます小桶かな
304   冬の田の秩父おろしに濁りけり
305   蓮剪つて畳の上に横倒し
306   煮凝やしかと見届く古俳諧
307   渋桶に月さしこんで澄みにけり
308   川底に蝌蚪の大国ありにけり
309   痩馬のあはれ灸や小六月
310   仙人掌の奇峰を愛す座右かな
311   蛇穴や西日さしこむ二三寸
312   くらがりに灯を呼ぶ声や風邪籠り
313   浅漬や糠手にはさむ額髪
314   北窓を根深畠にふさぎけり
315   芭蕉忌やとはに淋しみ古俳諧
316   一汁の掟きびしや根深汁
317   愚にかへれと庵主の食ふや茗荷の子
318   黒猫の眼が畑にをる三日かな
319   霜除に菜の花黄なりお正月
320   砂原を蛇のすり行く秋日かな
321   牛飼のわらべがかざす紅葉かな
322   相撲取の金剛力や鏡割
323   秋の暮水のやうなる酒二合
324   闘鶏の眼つぶれて飼はれけり
325   せきれいの居るともなくて波白し
326   風切羽きられて育つ烏の子
327   数珠玉を植ゑて門前百姓かな
328   七草やもうもうけぶる馬の粥
329   沼涸れて狼渡る月夜かな
330   冬蝿をなぶりて飽ける小猫かな
331   山路行くや木苺取つて食ひながら
332   いつも人のうしろに居りて火鉢なし
333   書出しやこま~と書き並べたり
334   二つ三つあまりてすみぬ土用灸
335   夕焼や杉の梢の凌霄花
336   秋空や日落ちて高き山二つ
337   寒行の提灯ゆゝし誕生寺
338   古を好む男の蕎麦湯かな
339   冬蜂の死にどころなく歩きけり
340   仲秋や夕日の岡の鱗雲
341   沢瀉に野川しめきりて溢れけり
342   蝙蝠の飼はれてちちと鳴きにけり
343   暑き日や家根の草とる本願寺
344   白酒や玉の杯一つづつ
345   正月も襤褸市たちて二十日かな
346   暑き夜や百姓町の真くらがり
347   たまの緒の絶えし玉虫美しき
348   傘にいつか月夜や時鳥
349   雑煮食うてねむうなりけり勿体な
350   赤く塗つて馬車新らしき吹雪かな
351   水鳥に吼立つ舟の小犬かな 
352   年玉や水引かけて山の芋
353   榛名山大霞して真昼かな
354   初花の薄べにさして咲きにけり
355   白百合の花大きさや八重葎
356   門さして寺町さみし三ケ日
357   黐ちるや蟇こもりゐる垣の下
358   いさゝかの金欲しがりぬ年の暮
359   大空をあふちて桐の一葉かな
360   出水や牛引き出づる真暗闇
361   小百姓桑も摘まずに病みにけり
362   月さして秋蚕すみたる飼屋かな
363   落柿舎のひとむら芒枯れにけり
364   稲つむや痩馬あはれふんばりぬ
365   田草取蛇うちすゑて去ににけり
366   新茶して五箇国の王に居る身かな
367   赤城山に真向の門の枯木かな
368   花活に樒の花の淋しいぞ
369   神風のさやかにわたる飾かな
370   冬瓜のころげて荒るる畠かな
371   野を焼くやぽつん~と雨到る
372   鼠ゐて棗を落す月夜かな
373   月の出てあかるくなりぬ橇の道
374   浮草や蜘蛛渡りゐて水平
375   をう~と蜂と戦ふや小百姓
376   秋立つと出て見る門やうすら闇
377   妹が垣伏見の小菊根分けり
378   魂棚の見えて淋しき昼寝かな
379   御年始や鼻つき合うて老の友
380   麦飯に何も申さじ夏の月
381   綿摘みてあとは枯木や綿畠
382   水鳥の死や全身に水廻り
383   炎天や天火取りたる陰陽師
384   藪入にまじりて市を歩きけり
385   春雨や塩屋塩屋の煙出し
386   わら屋根やいちはつ咲いて橋の下
387   残菊の畑ほとりをあるきけり
388   うど咲いて例幣使街道の古家かな
389   親よりも白き羊や今朝の秋
390   うれしさや着たり脱いだり冬羽織
391   うとうとと生死の外や日向ぼこ
392   鷹のつらきびしく老いて哀れなり
393   むかごこぼれて鶏肥えぬ草の宿
394   痩馬のあはれ機嫌や秋高し
395   畦豆に鼬の遊ぶ夕べかな
396   山門の根深畑や初大師
397   稲光雲の中なる清水寺
398   今日の月馬も夜道を好みけり
399   土くれに二葉ながらの紅葉かな
400   柿むくやてらてらうつる榾明り
401   白雲のしづかに行きて恵方かな
402   風吹いてうちかたまりぬ蛙の子
403   水を出てほぐれそめたる巻葉かな
404   きび~と爪折り曲げて鷹の爪
405   禰宜達の足袋だぶだぶとはきにけり
406   夏近き近江の空や麻の雨
407   月さして一間の家でありにけり
408   初雀翅ひろげて降りにけり
409   長き夜や生死の間にうつら~
410   石蕗さくや猫の寐こける草の宿
411   衣更野人鏡を持てりけり
412   年守りて黙然とゐぬ榾盛ン

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2018/09/17  日記  鬼城忌

2018-09-17 19:32:00 | (2)日記

2018/09/17 () 旧暦: 88 祝日・節気: 敬老の日、上弦 日出: 524 日没: 1746 月出: 1244 月没: 2256 月齢: 7.37 干支: 壬子 六曜: 先負 九星: 九紫火星


今日のあれこれ: 鬼城忌


image
 
(北京交通大学日本校友会
https://sxcn.exblog.jp/23695859/

より転載




『村上 鬼城(むらかみ きじょう、1865610日(慶応元年517日) - 1938年(昭和13年)917日)は日本の俳人、司法代書人。本名は村上 荘太郎(むらかみ しょうたろう)。

略歴
鳥取藩士、小原平之進の長男として江戸小石川に生まれるが、8歳の時、群馬県高崎市に移り住み、11歳の時に母方の村上家の村上源兵衛の養子となり村上姓を名乗る。

明治17年(1884年)に東京へ行き、軍人を志したが耳疾のために断念し、明治法律学校(明治大学の前身)で法学を学びながら、司法代書人(司法書士の前身)となった。父の勤務先である高崎裁判所司法代書人となる。以後、鬼城は亡くなるまでの一生を高崎で過ごした。

その傍らで俳句を嗜み、広島市の大本営にいた正岡子規に教えを請い、また幾度となく『ホトトギス』に俳句の投書を行っていた。

子規の死後、彼は『ホトトギス』主宰である高浜虚子から句を見てもらうことになるが、高崎での俳句会で虚子の推輓を受ける。それが契機となって1913年(大正2年)から『ホトトギス』の同人活動を始め、1918年(大正7年)に自身の作品が入選。以後は司法代書人の傍ら、俳人、また撰者としても敏腕を振るうことになった。

8
人の娘と2人の息子を儲け子宝に恵まれたが、生活は絶えず困窮していたという。しかしながら人脈は深く、51歳の時に代書人を解雇された時には、虚子門下の弁護人を立てて復職を遂げている。

1938
年(昭和13年)、胃癌のため高崎市の自宅で死去。74歳没。戒名は青萍院常閑鬼城居士[1]。墓所は高崎の龍広寺。

作風
自らも不遇な環境に置かれていたため、困窮した生活や人生の諦念、弱者や病気への苦しみなど、独特の倫理観で憐れみ、哀しみを詠った句が多いのが特色である。また、本人も耳が不自由だったためか、身体障碍者に対する感情を詠ったものが多く(但し、今日では差別語として好ましくない表現を用いた句もあることを留意する必要がある)、阿波野青畝など影響を受けた俳人も多い。また、座右の銘が「心眼」ならぬ「心耳」であったことから、今日では「心耳の詠み人」と呼ばれる。

作品

   
冬蜂の死にどころなく歩きけり
   
闘鶏の眼つぶれて飼われけり
   
鷹のつらきびしく老いて哀れなり
   
生きかはり死にかはりして打つ田かな
   
ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな
   
蛤に雀の斑(ふ)あり哀れかな

など、動物や自然に対するを詠んだ歌が多い。』
Wikipedia



鬼城忌の俳句:



・鬼城の忌朝より雷の鳴りやまず 飛高隆夫




・鬼城忌の火種のごとき蜂を見し 宇佐美魚目




・ひとり寝る鬼城忌の灯を細めては 小林康治





村上鬼城は、昭和13年の今日亡くなっている。
大正から昭和初期に掛けて活躍した俳人なのだが、鬼城忌は句に詠まれている。

会ったことはない俳人でも其の句に、心が通うものがあれば、親しく忌日に想いを寄せるのだろう。

しかし、例句の鬼城忌の心模様はそれぞれだ。



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2018/09/16  日記  安室奈美恵の日

2018-09-16 21:46:06 | (2)日記

2018/09/16 () 旧暦:87日 祝日・節気:  日出:523分 日没:1747分 月出:1149分 月没:2212分 月齢:6.37 干支: 辛亥 六曜: 友引 九星: 一白水星


今日のあれこれ: 安室奈美恵の日


『「namie amuro Final Tour 2018 ~Finally~-Tokyo Dome - The Last Performance (TV report)


https://youtu.be/gg8egnB5B2w


今日は、安室奈美恵がステージ活動から引退する日。
昨日は沖縄の宜野湾コンベンションセンターで最後のライブ。
全国からアムラーが集結した。
中には、数日間の日々を手に入れるため仕事を退職して沖縄に来た女性もいた。
全国からチケットのくじに当たった人が展示等内の会場に、くじにハズレた人が1万人がセンターの外で会場から漏れ聞こえる音に耳を澄ました。

今日は、ライブはないが、宜野湾の浜辺では花火ショーが行われた。

名称:「We♥ NAMIE HANABI SHOW
日時:9月16日(日)午後7時半~午後8時半終了予定(雨天決行、荒天中止)
会場:沖縄県・宜野湾トロピカルビーチ特設会場

もう花火は終わり、花火の余韻と2日間続いた安室ロスの興奮が渦巻いている筈だ。

これ程最後まで、熱い気持ちでファンの目の前に立ち続けた歌手はいない。
沖縄がメジャーになった時代を創り出したヒロインだった。



「安室奈美恵 沖縄県 宜野湾市 ラスト 花火」



https://youtu.be/_d4D_0Po-wg






【データ

公式サイト
https://namieamuro.jp/





安室奈美恵
Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%A4%E5%A5%88%E7%BE%8E%E6%81%B5




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2018/09/15  日記  放生会

2018-09-15 17:14:29 | (2)日記

2018/09/15 () 旧暦:86日 祝日・節気: 老人の日 日出:523分 日没:1749分 月出:1051分 月没:2131分 月齢:5.37 干支: 庚戌 六曜: 先勝 九星: 二黒土星


今日のあれこれ: 放生会


『勅祭「石清水祭」放生会1 放魚』


https://youtu.be/-Fctv6sc2hM






『八幡放生会(やわたほうじょうえ/やはたはうじやうゑ)
:八幡祭、男山祭、石清水八幡祭、放ち鳥、放ち亀、仲秋祭、南祭
仲秋
陰暦八月十五日八幡宮の例祭で、捕らえた魚や鳥を放ち、供養する行事のこと。京都の八幡市石清水八幡宮の放生会は仲秋祭、男
山祭、南祭とも呼ばれ、現在では、石清水祭とも呼ばれる。』
(季語と歳時記)



放生会の俳句:



・松高し月夜烏も放生会 加舎白雄



・放生会桶に小鮒の跳ねにけり 牛 山孝子



・逃がすべき鳩の眼つぶら放生会 田村和彦





石清水祭は、京都の石清水八幡宮の例祭で、昔は旧暦の815日に行われたが、明治17年(1884年)よりは新暦の915日に行われるようになった。
葵祭、春日祭と合わせ日本三大勅祭とされている。

放生会は京都の石清水八幡と福岡の筥崎宮(はこざきぐう)の放生会が盛大のようで、俳句も福岡のものと思われる句が見受けられる。
福岡も今年は今月12日から18日間で行われることになっており、開催時期は重なるので、どちらを詠んでも季語としては問題はない。

生き物を囚われの身から開放してあげるのは元々は仏教の行事であったのだが、日本では神仏習合思想で神社で行われるようになり、今では神社のほうが盛大だ。
言い方は俗になるが神社の方がお金儲けが上手で、お賽銭やおみくじ、札、お店の参加料など手広くお金が入る仕組みができている。

神社という存在は、色々と難しい問題がある。
問題があるから止めるという訳にはいかない存在だ。



【データ】

石清水祭
http://www.iwashimizu.or.jp/top.php





放生会
Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A






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2018/09/14  日記  蕎麦の花

2018-09-14 20:43:52 | (2)日記

2018/09/14 () 旧暦: 85 祝日・節気:  日出: 522 日没: 1750 月出: 950 月没: 2052 月齢: 4.37 干支: 己酉 六曜: 赤口 九星: 三碧木星


今日のあれこれ: 蕎麦の花

「そばの花2018


https://youtu.be/XjCz4w5Q-DU



『蕎麦の花
初秋
              .
蕎麦は茎先に白または淡紅色の小花を総状に咲かせる。高所で栽培される蕎麦は品質もよく、高原一面、蕎麦の白い花でおおわれる風景もよく目にする。』
(季語と歳時記)



蕎麦の花の俳句:



・いかめしき門を這入れば蕎麦の花 夏目漱石



・蕎麦の花茜に暮るる磐梯山 岸間光女



・蕎麦の花丘つづきなる夕明り 中川宋淵



・あっけなく死ぬ年寄りに蕎麦の花 宇多喜代子



・姥捨てのどこか明るく蕎麦の花 八木三日女





今年は猛暑が続き、台風が毎日のようにやってきた。
蕎麦にとっては、辛い日々だったそうで、ニュースでやっていた。
例年、白い花が一面見渡す限り切り続く蕎麦畑も花はまばらにしか咲いていなかった。

動画の蕎麦の花は条件がまだ良かったのか、例年通りの蕎麦の花の白い光景が見られたようだ。

蕎麦の花は、小さい白い花が視野を埋め尽くして咲く。
威圧感のない純朴な花であるためか、その花々に取り囲まれると、心安らぐものがあるらしい。

心淋しい秋の夕暮の刻でさえ、蕎麦の花咲く野は、色艶やかに、明るくさせる力を持っている。

宇多の句も八木の句も同じことを詠んでいる。
死でさえ老いでさえ、蕎麦の園の中では、深刻なものではない、明るいものなのだと。


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2018/09/13  日記  白雄忌

2018-09-13 19:33:58 | (2)日記

2018/09/13 () 旧暦:84日 祝日・節気:  日出:521分 日没:1751分 月出:848分 月没:2016分 月齢:3.37 干支: 戊申 六曜: 大安 九星: 四緑木星


今日のあれこれ: 白雄忌

clip_image001
(加舎白雄顕彰保存会
http://www.ueda.ne.jp/~sirao/

より転載




『白雄忌(しらおき、しらをき)
晩秋
           .
江戸中期の俳人、加舎白雄の忌日。陰暦九月十三日。信州上田藩士加舎吉享の二男として、江戸深川に生まれる。松露庵三世烏明、白井鳥酔に学び、蕉風復古説の影響を受けた。その後、江戸に春秋庵を開く。蕉風俳諧をわかりやすく説いた「俳諧寂栞」などの著書のほか「白雄句集」などがある。寛政三年(一七九一)五十四歳で没した。
』(季語と歳時記)



白雄忌の俳句:



・野の花を籠一杯に白雄の忌 林 園江



・白雄忌と夫の忌同じ九月来る 風間田鶴子



・白雄忌の茶壺の紐の濃むらさき 丸山千寿子



・白雄忌の終へて浅間の火に炊ぐ 塩沢淙々



・人恋し句碑建つ故郷白雄の忌 三輪浅芽



・戸を繰れば紅き木のみや白雄の忌市 原登



・上手下手とにかく集う白雄の忌 鈴木玲子





信州に生まれた俳人加舎白雄は、寛政3913日(17911010日)に江戸にて没した。

白雄忌は陰暦九月十三日なので、陽暦では今年は1021日になる。
どちらが良いのか、難しい問題だが、今年は陽暦913日とした。


忌日はあっても俳句ではあまり詠まれないことが多い。
縁もゆかりもなく、勿論あったこともない人の忌日を詠むのは難しいので、当然といえば当然なのだが、もっと詠んで供養してほしいとも思う。

加舎白雄の場合は、顕彰会が全国俳句大会を開いており、白雄忌の俳句も詠まれる環境がある。
例句として紹介した句は、選者が選んだ白雄忌の俳句だ。

こうした地味な取り組みが、昔の俳人を顕彰することになる。
良い取り組みだと思う。



【データ】

加舎白雄顕彰保存会
http://www.ueda.ne.jp/~sirao/




加舎白雄
Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%88%8E%E7%99%BD%E9%9B%84






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2018/09/12  日記  獨酒

2018-09-12 19:27:43 | (2)日記

2018/09/12 () 旧暦:83日 祝日・節気: 水路記念日 日出:520分 日没:1753分 月出:743分 月没:1941分 月齢:2.37 干支: 丁未 六曜: 仏滅 九星: 五黄土星


今日のあれこれ: 獨酒(どぶろく・どびろく)


「【散策物語】 白川郷どぶろく祭2015 飯島八幡神社 ⑦ どぶろくの振舞い "Doburoku Festival 2015 Part 7 at Iijima Hachiman-Shrine"


https://youtu.be/gaNoy3gEiRw





『濁り酒: どぶろく、どびろく、だくしゅ、醪、諸味、諸醪、中汲
仲秋
もろみを漉していない白濁した酒。清酒よりも味が濃厚で野趣にあふれている。』
(季語と歳時記)




濁酒の俳句:



・どぶろくや白のまぶしき割烹着  春田淳子



・いささかの寄付にどぶろくなみなみと 春田淳子



・どびろくや歯のなき杣のよき笑顔 島谷征良



・意味の無い握手で別る濁酒  丸井巴水



・風の夜の濁酒ゆすらねばならぬ 池田澄子





獨酒(どぶろく・どびろく)は秋の季語。
瑞穂の国日本では古より、収穫された米を神に捧げるしゅうかんがあった。
その祭りに、どぶろくを作って供えることで、来期の豊穣を祈願する習わしであった。
どぶろくは秋の収穫に感謝する祭りに供されるものであった。

全国各地にどぶろくを振る舞う祭りはあるが、東海地方では白川郷が有名だ。

季語としての「どぶろく」は問題ないのだが、漢字表現では面倒なことがある。
季語と歳時記の表題も、「濁り酒」となっているが、現在の酒税法の用語では、「どぶろく」は醪を濾さないので清酒にはならない。濾してある「濁り酒」は清酒になる。
どぶろくには季節感があるが、濁り酒は通年飲まれており季節感はない。

生活空間では、区別する必要はないのだが、俳句の空間では「どぶろく」、「獨酒」、「濁り酒」をどう取り扱うのか、ルールがない。

丸井は、「獨酒」と表記し、「にごりざけ」と読ませる。
池田は、「獨酒」と表記して「どぶろく」と読ませている。

どうでも良いことなのだが、秋の夜長、「どぶろく」が気になった。





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2018/09/11  日記  だらだら祭

2018-09-11 19:25:00 | (2)日記

2018/09/11 () 旧暦:82日 祝日・節気: 二百二十日 日出:520分 日没:1754分 月出:637分 月没:1905分 月齢:1.37 干支: 丙午 六曜: 先負 九星: 六白金星


今日のあれこれ: だらだら祭、生姜祭り、生姜市

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(芝大門 更科布屋 おかめ
食べログ akirako9さんのページ
https://tabelog.com/rvwr/000320020/rvwdtl/B111825788/

より転載)



『【生姜市】
東京都港区、芝大神宮の祭礼にたつ、ショウガを売る市。911日から21日までにぎわう。目腐れ市。 [季] 秋。

(三省堂 大辞林)



生姜市の俳句:


・雨二日だらだらまつり濡らしけり 大野林火


・降り続くだらだら祭おかめ蕎麦 吉岡桂六



芝大神宮の例大祭は、生姜祭りともだらだら祭りとも言われる。
生姜祭りと言われるのは、江戸時代、芝周辺には生姜畑が広がり、例大祭には生姜の市がたったていたからだそうだ。

だらだら祭りの語源は、
『だらだら祭りという名前の由来は、諸説ありますが、
   
だらだらとお祭りが続いているから
   
だらだらと汗を流しながら行っているから
   
江戸の子どもたちが「だらだら祭り」というあだ名を付けた
といった理由から、その名が付いたと言われています。』
(日々の気になる豆知識メモ!
https://yuu-goannai.com/?p=908

から引用)


例大祭の頃は、秋雨前線が居座る時期だから、今年もそうだが雨が降り続くことが多い。

雨がだらだらと降り続くから、だらだら祭りと呼ぶようになったと解釈も可能だ。


今日は、気温が一気に下がった。
冷たい雨の降る祭りには、おかめ蕎麦がホッコリと温まる。





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