菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2018/08/21  日記  落蝉

2018-08-21 19:23:00 | (2)日記

2018/08/21 () 旧暦:711日 祝日・節気:  日出:504分 日没:1823分 月出:1450分 月没:017分 月齢:9.71 干支: 乙酉 六曜: 大安 九星: 九紫火星


今日のあれこれ: 落蝉

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gagambow雑記
http://d.hatena.ne.jp/gagambow23/20120820/1345472346

より転載





落蝉の俳句:



・落蝉の蟻にも曳かれずそのまんま  高木伸宜



・落蝉の掃けば羽ばたく命かな  かとうゆき



・落蝉に触れれば飛びて息絶える  井上泰子



・落蝉にあつけらかんとみ空かな  半澤正子



・落蝉のまだ生きていて空を見る 大山夏子





「落蝉」は歳時記を見ても掲載されていない。
辞書にも明確に項目立てがないようだ。
しかし、「落蝉」の句はかなり見つかる。
おかしな季語だ。

蝉しぐれが騒がしい夏の終わり。
蝉たちは短い地上の活動を鳴き続け、仕事を終えてしまわなければならない。
土の中で何年も暮らしてきたのは、最後の生の営みを遂げる為だから。

公園の桜並木を歩いていると、蝉が道路に横たわっている。
白い腹を見せ、仰向けに寝ている。
いつの頃だったろう。
死んでいると思った蝉に靴の先で触れると、突然蝉はジージーと鳴き喚いて、飛んでいった。

それからは、白い腹を見せて寝ている蝉には触れないようにしている。
蝉と話したことはないので、その気持は判らないのだが、彼は臨終の間際、現とあの世を夢見ながらその時を待っているのだろう。
突然、無粋な人間に触られて、夢を覚まされた蝉は已む無く、本能で鳴き、飛び立つのだろう。

大空の下では、無数の生命が生まれ、同時に無数の生命が消えていく。
個々の生命は、次に繋いでいかなければならないのが生命の宿命だ。
半澤、大山が詠むように、蝉の死も空の下では自然で、まっとうな生の営みなのだ。

落蝉は、其の儘にしておくことにしている。



「落蝉」は歳時記にはないが、石田郷子氏の文章が、内容をよく伝えているので転載する。

『原 句 落蝉にどんぐりの実を供へをり

「落蝉」は、寿命を終えて地面に落ちた蝉のことです。たいていは仰向けに落ちていて、死んでいるかと思うと、ジージー叫びながら激しくもがくものもいて、哀れです。
蝉は羽化してから一週間ほどで死んでしまいますから、夏でも落蝉をよくみかけますが、蝉は短い夏の象徴としてとらえられることが多いので、落蝉は秋の季語として詠まれます。
『広辞苑』にも載っておらず、歳時記でも収録されていないものが多いようですが、よく使われている季語なのではないでしょうか。
この句はそんな落蝉を見かけた人物が、蝉を哀れに思い、拾ったどんぐりをそのかたわらに供花のように置いた所作を詠んでいます。作者自身の所作かもしれません。
心情のよくわかる句ですが、「供へをり」でやや説明的になっています。素直といえば素直ですが、説明してしまえばそれまでで、発想の幼さが目立ってしまい、俳句として鑑賞に耐えるかどうか疑問です。
一歩退いて、客観的に景を描いてみましょう。

添削例1 落蝉にどんぐりの実の置いてあり

自身の動作としてなら、

添削例2 落蝉にどんぐりの実を置いてきし

でもいいでしょう。』
(飯塚書店
感動を表現する推敲の仕方 石田郷子
http://www.izbooks.co.jp/ishida032.html

より転載)



落蝉の句を読んでいて気になった事があった。
良いテーマの句なのだが、良く似ている。
17
文字で作る俳句だから、良く似た句ができても不思議ではない。


・鳴き尽したる落蝉の軽さかな  加藤季代

・落蝉の鳴き尽したる軽さかな  磯野しをり

・落蝉の鳴き尽したる軽さかな 伊藤孔二


磯野と伊藤は全く同じ文字の並びになっている。
これは偶然なのか、落蝉の所業なのか
なんだろう。





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2018/08/20  西之島の活動収まらず

2018-08-20 21:34:37 | (19)科学・新技術・新製品


西之島の成長が続いている。
専門家の意見では、今後も活動が続くとのことだ。

海の中から新しい島が誕生し大きな島になっていくのを目の当たりにすると、地球の活動の大きさを理解することができる。
滅多に目撃できることではないことを見られるのは興味深い。

島が大きくなれば日本の国土が広くなるので、喜ばしい。
もっと飛行場が建設できるほどの島になって欲しいと思う。

ただ気がかりなのは、地球の活動がこれからどうなるのかだ。
今の科学の考え方は、自分のサイズを超える大きな世界や検証・再現が不可能なことは不明として取り上げないことだ。

太平洋の海水温が高いこと、台風が多いこと、火山活動が活発なことこうしたことが地球の活動の活発化によるものであって、近い将来南海トラフの大地震、富士山の噴火、異常気象などがやってくるのではないかと危惧されるが、そのことについては科学は教えてくれない。




『西之島、噴火停止も火山ガス放出 専門家「再開の可能性高い」
08
0316:28共同通信


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7
30日に撮影した東京都・小笠原諸島の西之島(海上保安庁提供)
(
共同通信)


噴火活動の再開が確認された東京都・小笠原諸島の西之島について、海上保安庁は3日、羽田航空基地所属の航空機が730日に上空から観測した結果、新たな噴火は認められなかったが、火山ガスの放出を確認したと発表した。712日に、約11カ月ぶりの噴火が確認されていた。

海保によると、観測機に同乗した東京工業大火山流体研究センターの野上健治教授は「現在は噴火も溶岩流出も停止しているが、噴火が近い将来に再開する可能性が高い」と指摘。海保は付近を航行する船舶に対し、警戒を呼び掛けている。』
gooニュース)



【データ】

西之島 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E4%B9%8B%E5%B3%B6





西之島|海域火山データベース|海上保安庁 海洋情報部

https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=mcafeess1&p=%E8%A5%BF%E4%B9%8B%E5%B3%B6





西之島新島情報( 182 )
哲のphoto box
https://abcpicture.exblog.jp/i30/






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2018/08/20  日記  苦瓜  ゴーヤー  蔓茘枝

2018-08-20 21:16:10 | (2)日記

2018/08/20 () 旧暦:710日 祝日・節気:  日出:503分 日没:1825分 月出:1357分 月没: ---- 月齢:8.71 干支: 甲申 六曜: 仏滅 九星: 一白水星


今日のあれこれ: 苦瓜 ゴーヤー 蔓茘枝



clip_image001

microdiet.net
https://microdiet.net/diet/000434.html

より転載)


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(ハイジの野菜畑BLOG
http://blog.livedoor.jp/haiji_farm/archives/51989643.html

より転載)


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(てらまち・ねっと
https://blog.goo.ne.jp/teramachi-t/e/fca64ae83b5f973c60a043ee037ad6c3

より転載)



『ツルレイシ(蔓茘枝、学名:Momordica charantia var. pavel)は、未熟な果実を野菜として利用するウリ科の植物である。また、その果実のこと。一般的にはニガウリ、ゴーヤーなどと呼ばれる。

名称について
標準和名の「ツルレイシ」は、イボに覆われた果実の外観と、完熟すると仮種皮が甘くなるという2つの形質が、ムクロジ科の果樹であるレイシ(ライチ)に似ていることに由来する。つまり、蔓性の植物体に実るレイシの意味である。果肉が苦いため「ニガウリ」とも呼ぶ。農学・園芸学ではツルレイシを用いることが多い[1]が、生物学では近年[いつ?]ニガウリを用いることが多い[2]

九州・南西諸島各地に地方名がある。沖縄県では沖縄本島(首里・那覇方言や今帰仁方言など)で「ゴーヤー[3][4][5]」、宮古列島(宮古方言)で「ゴーラ[6][7]」、八重山列島(八重山方言)で「ゴーヤ[8][9]」と呼ぶ。九州では「ニガゴリ」又は「ニガゴーリ」と呼ぶ地域もある[10]。鹿児島県奄美大島では「トーグリ」[11]、鹿児島県本土や長崎県諫早地方[12]では「ニガゴイ」と呼ばれ、諫早地方では「ニガウイ」の名称も併用される[12]

以上のように多くの名称が用いられているが、全て同じ種類の植物である。ただし、幾つかの栽培品種が存在しており、栽培されてきた地域での呼称に倣い、九州地域で栽培されてきた細長く苦味が強い品種を「ニガゴイ」ないし「ニガゴリ」、沖縄地域で栽培されてきた太く苦味が穏やかなものを「ゴーヤー」と呼び分ける場合もある[13][14]

中国語では 苦瓜 (kǔguā、クーグア)や 涼瓜 (liángguā、リァングア)などと呼ばれ、広東料理、台湾料理などで日常的に食用にするだけでなく、焙煎してお茶として飲用することもある。広東語では菩薘(pou4 daat6、ポウダーッ)と呼ばれる場合もある。英名のbitter melon も苦い瓜の意味である。

沖縄方言の普及
沖縄料理ブームの影響もあり、日本では全国的にも「ゴーヤー」または「ゴーヤ」を使用することが多くなっている。「ゴーヤ」という呼称が普及していった経緯は諸説ある。

2001
年に放送された沖縄県の小浜島と沖縄本島などを舞台にしたNHK連続テレビ小説『ちゅらさん』[15]で擬人化したマスコット「ゴーヤーマン」が登場して、ゴーヤーの名が広まった。また、沖縄料理の中でも特に人気のある料理であるゴーヤーチャンプルーの材料として、ゴーヤーの名称が知られるようになった。
...
成分
独特な苦味があるので、好き嫌いが分かれる。種子に共役リノレン酸を含むことが知られている。主に未成熟な果皮を食用とし、ビタミンCなどの水溶性ビタミンを多く含むことや、健胃効果もある苦味タンパク質(苦味成分として、モモルディシン(momordicin)、チャランチン(charantin)、コロソリン酸、ククルビタシン(cucurbitacin))を含む[25]。苦味成分は果皮表面の緑色の部分に集中している。ワタの部分が苦いという俗説があるが、誤りである[26]。ゴーヤ1本あたりのビタミンC含有量は、トマト1個の約5倍、レモン1個の果汁よりも多く、また通常ビタミンCは加熱に弱いが、野菜の中でも加熱に強い[27]。ニガウリ種子と外皮に有害なレクチンが含まれる[28]
...』(Wikipedia



苦瓜・蔓茘枝・ゴーヤの俳句:



・苦瓜のカーテンも良しゴーヤ食ふ  池田よし子



・苦瓜のさはやかにして苦きこと  笠置早苗



・苦瓜の一夜の太り見せにけり  網野茂子



・いつしかに割けて風生む蔓茘枝 中村奈美子



・苦瓜の終焉赤く染まりけり  田下宮子





ゴーヤーを庭で作って数年になる。
西陽が西側の外壁を焼いて、家全体が熱くなるので、緑のカーテンでそれを防いで、その上に生ったゴーヤーをチャンプルーにして食べてしまおうと言う目論見だった。

その目論見が上手く行ったので、毎年作るようになった。
2
年目からは味をしめて、庭からの輻射熱を遮るために南側にも作り始めた。

あるアメリカ外交官が、「沖縄の人々より、他県の人の方が、より多くゴーヤーを生産する。沖縄の人々は、怠惰でゴーヤーも育てられない」と沖縄県民を揶揄したことがあった。
だが、作ってみれば解るが、そう簡単ではない。

怠惰ではとても出来ない。
最盛期には、朝夕たっぷりと水遣りは必要だし、肥料もやらなければ、果実は出来ない。
十分な世話があって実がなるのは普通のことで、ゴーヤーも世話をしなければ収穫はできない。

今年は、様子がおかしい。
ゴーヤーは暑いのが好きだと思っていた。
連日40度近い猛暑の夏はゴーヤーのお気に入りだろうと思ったのだが、実際は違った。

あまり暑すぎるのか、花をつけなくなった。
ここ数日涼しくなったので、機嫌を直してくれるかも知れないが、それは先の話だ。

ゴーヤーは、緑→黄色→破裂し真っ赤な種を落とす。
このテンポが速い。
目を離していると、破裂して赤い種が露出、落下していることがよくある。
やはり、怠惰では出来ないのだ。


季語としては、苦瓜が圧倒的、蔓茘枝が少し、ゴーヤは殆ど見つからない。
沖縄風発音のゴーヤーは皆無だが、ゴーヤーを愛する人は、是非「ゴーヤー」の句を詠んで貰いたい。




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2018/08/19  日記  朝顔

2018-08-19 17:53:05 | (2)日記

2018/08/19 () 旧暦:79日 祝日・節気:  日出:502分 日没:1826分 月出:1301分 月没:2335分 月齢:7.71 干支: 癸未 六曜: 先負 九星: 二黒土星


今日のあれこれ: 朝顔



「朝顔の成長日記」


https://youtu.be/FeVOau0ge_U






『朝顔(あさがお、あさがほ) 初秋
子季語: 牽牛花、西洋朝顔
関連季語: 昼顔、夕顔、夜顔
解説: 朝顔は、秋の訪れを告げる花。夜明けに開いて昼にはしぼむ。日本人はこの花に秋の訪れを感じてきた。奈良時代薬として遣唐使により日本にもたらされた。江戸時代には観賞用として栽培されるようになった。旧暦七月(新暦では八月下旬)の七夕のころ咲くので牽牛花ともよばれる。
来歴: 『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。
文学での言及:
展転び恋ひは死ぬともいちじろく色には出でじ朝貌の花 作者不詳『万葉集』
我が目妻入は放くれど朝貌の年さへこごと吾は放るがへ 作者不詳『万葉集』
高円の野辺の容花おもかげに見えつつ妹は忘れかねつも 大伴家持『万葉集』
うちつけにこしとや花の色を見むおく白露の染むるばかりを 矢田部名実『古今集』
君こずば誰に見せましわが宿の垣根に咲ける朝顔の花 よみ人しらず『拾遺集』
実証的見解: 朝顔は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年生の蔓性植物。原産地はアジア。葉はハート形で表面に細かい毛を有する。茎は蔓で左巻き。花は漏斗状で花径は十センチくらい。夏から秋にかけて開花する。花の色は、白、紫、紅、藍などさまざま。日本で鑑賞用に改良され、大輪や変わり咲き、斑入りなど多くの園芸種がある。山上憶良の「萩の花尾花葛花撫子の花女郎花また藤袴朝顔の花」『万葉集』の「朝顔」は桔梗または木槿の花であるとされる。』
(季語と歳時記)



朝顔の俳句:



・木を登り朝顔藍を深めをり 永見博子



・土砂降りに明けて朝顔の瑠璃ひとつ 水原秋桜子



・朝顔や母の手ずれの舞扇 森 孝子



・朝顔やさみしがりやで路地住ひ 菖蒲あや



・朝顔や島原駕のもどり道 高井几董





小学校の夏休みの課題で朝顔の観察日記を取り上げることはよくあること。
種を蒔いて、発芽して、本葉が開き、蔓が伸びて、摘心をして、花が咲き、生きている色の美しさに目を見張る。
水を毎日与えれば、朝顔の生命の営みに感動することができる。

朝顔の良さは、気取った花ではないので、気楽に声を掛けられることだ。
水遣りの都度声を掛けてあげれば、会話を楽しむこともできる。
隣との距離が遠い新興団地の戸建て環境より、下町の長屋の向こう三軒両隣の環境のほうが朝顔には似合っている。
路地住まいを好む菖蒲は、朝顔と意気投合している。

高井几董の句に引っかかった。
島原駕だから京の遊理島原で一晩遊んだ後、朝帰りの朝顔かと思った。

ただ遊んだだけかと思ったが、そうではないのかも知れない。
当時の島原遊郭では俳諧の遊びが流行していて、多くの人が俳諧に親しみ、俳壇を形成するほどの活況振りだったそうだ。

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(京都で定年後生活
https://blog.goo.ne.jp/teinengoseikatukyoto/e/a5b95994917ac72a0bcc144af542767c

より転載)

色ごとだけではなく、お洒落な趣味の世界を楽しんだ後の、朝帰り。
フと目についた、朝顔。目に染みて綺麗に見えたのだろう。




【データ】

高井几董
Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E4%BA%95%E5%87%A0%E8%91%A3







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2018/08/18  日記  打ち水

2018-08-18 13:52:46 | (2)日記

2018/08/18 () 旧暦:78日 祝日・節気: 上弦 日出:501分 日没:1827分 月出:1204分 月没:2256分 月齢:6.71 干支: 壬午 六曜: 友引 九星: 三碧木星


今日のあれこれ: 打ち水

「三瀧荘_NIHON GOKOCHI vol 2 日本のおもてなし 打ち水・室礼」


https://youtu.be/uV9KD0AV8tQ





『打ち水(うちみず)とは、道や庭先などに水をまくこと[1]。また、その水のこと。打水とも。 打ち水には場を清める神道的な意味合いがあり、玄関先などへの打ち水は「来客への心遣い」の一つであった。

ヒートアイランド対策としての打ち水
近年では東京都などの全国の市町村が都市部のヒートアイランド対策として、一斉に打ち水を行うという計画を進めている。また、政府も地球温暖化対策キャンペーンの一環として打ち水を奨励している[2]

環境省は、「雨水や下水再生水などの二次利用水を活用した『打ち水』の生活習慣化は、無理のない節水に繋がり、貴重な水資源の有効利用に結びつく」として、水の週間一斉打ち水大作戦を2008年から毎年展開している[3]

また近年は水道局もこうした打ち水イベントに取り組んでいる[4]。その一例が下水再生水の無償提供である。東京都下水道局は2017年、事前に連絡の上、再生水を持ち運べる容器を持参することで、水再生センターで無料提供した[5]

また人間の手による打ち水に加え、一部の都市では保水効果を高めるため道路に追加舗装をしているところもある。散水車を巡回させて水を撒いていたが、中止する自治体も出ている[6]

打ち水大作戦20xx
2003
年(江戸開府400年)に「大江戸打ち水大作戦」として始まった。 基本ルールを

  
打ち水大作戦では、水道水を使わない
 
打ち水大作戦には、雨水や二次利用水を使う

とし[7]2010年からは徹底ルール化した。

   
主催- 打ち水大作戦本部
   
事務局- NPO法人 日本水フォーラム
   
後援
       
国土交通省 環境省 東京都
       
九都県市首脳会議環境問題対策委員会(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市)

全国の大都市では、下水を高度処理した下水処理水や一時的に貯留した雨水等を活用し、さまざまな形で「打ち水大作戦」を応援している[8]

方法
涼を取る目的での打ち水を、どのように行うのが正しいかは、まだ合意が得られていないと思われるが、主に2つの考え方がある[要出典]

1
つ目[要出典]は、朝夕の日が高くない時間に庭や舗装されていない道路に撒くのが好ましいと言う考え方。気温が高くなおかつ日差しが強い日中に打ち水をしても水はすぐに蒸発してしまい、気化熱による気温上昇の抑制効果が得にくいためである。舗装された道路など水があまり染込まない場所も同様である。朝夕の比較的気温が低い時間に土に撒くことにより、その効果を持続させることができる。日本の湿度の高い気候を利用し、除湿機で溜めた水を撒くという方法もある。

2
つ目[要出典]は、輻射熱を減らすために熱くなった道路を冷やすのが効果的だとの考え方。人が暑さを感じるのは、空気の温度そのものから感じる暑さだけでなく、輻射熱からも感じている。よって、打ち水を行えば、空気の温度はそれほど変わらないが、高温になった道路の熱を下げることで輻射熱を減らし、体感温度が下がるのではという考え方である。

なお、どちらの方法でも、アスファルトの道路に打ち水を行うと黒くなり太陽熱の吸収率が高くなるので、日の当たっていない場所や、水を被っても黒くならない場所に打ち水を行うべきである。

打ち水の実行効果
打ち水を行ったことによる効果は以下のとおり。

 
土埃や埃を抑える効果がある
 
気化熱を利用し涼気をとる(水1gの蒸発につき約0.58kcalの熱が奪われる)
 
湿度が高くなった結果、体感温度を上げる効果が出る
 
蒸発によって対流が発生し、湿った風が発生する

その他
江戸時代の生類憐れみの令の下では「水中のボウフラが死ぬ」として、打ち水が禁止されていたという説がある
』(Wikipedia



打ち水の俳句:



・打ち水の先斗町ゆく下駄の音  柿沼盟子



・打ち水が生む風の子の通り道  宮崎左智子



・打水に色生れけり庭の石  長谷川たか子



・塩盛りて打水をして客迎ふ  永野秀峰



・打ち水の人待つにほひこぼれけり  有島夛美





先日お昼の会食に日本料理の店に行った。
地方都市を抜ける幹線道路から二筋程入った場所にその店はあった。

車を店の前にある駐車場に停めて、店に向かうと、暖簾のかけられている入り口に向かう道筋に打ち水がしてあった。

兎に角、ぐったりするような猛暑が続いた夏だった。
店の中はエアコンで涼しいのは分っているが、店の前の打ち水がお店に向かう客に涼しさを感じさせていた。

大都会のアスファルト・ジャングルでも、歩いていて打ち水のされているお店に差し掛かると、料亭だったりする。
それだけで店の格式を演出する打ち水の効果は大きい。

感覚が鋭敏な俳人たちは、行く先々で打ち水の涼しさを感じている。





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2018/08/17  日記  盆踊り

2018-08-17 19:53:00 | (2)日記

2018/08/17 () 旧暦:77日 祝日・節気: 伝統的七夕 日出:501分 日没:1828分 月出:1104分 月没:2220分 月齢:5.71 干支: 辛巳 六曜: 先勝 九星: 四緑木星


今日のあれこれ: 盆踊り

「姫島の盆踊り」


https://youtu.be/NZuNggN4z7M






『盆踊り(ぼんおどり)は、盆の時期に死者を供養するための行事、またその行事内で行なわれる踊り。

概要
誰でも踊りに参加できるタイプと、主に見せるために限定された踊り手が踊るタイプとがある[1]。前者は、広場の中央にやぐらを立て、やぐらの周囲を回りながら音頭にあわせて踊る形式が一般的である。盆踊りの伴奏音楽としては多く音頭が奏でられる。近年は録音された音頭を電気的に再生して行なうことが主流になっている。

歴史的には村落社会において娯楽と村の結束を強める機能的役割を果たした。そのため、各地にご当地音頭も多く存在し、自治体や商工会などが作成したオリジナルの地域的音頭も増えている。明治以前は歌垣などの風習に結びついていた。お盆の時期に行なわれるが、宗教的意味合いは薄く、農村や庶民の娯楽として楽しまれてきた[2]。明治時代に一時衰退したが、復活が叫ばれるようになり[3]、大正末期から農村娯楽として奨励されはじめ、再び盛んになっていった[2]。もともと盆踊りがなかった土地でも新作して踊るところもあり[2]、町内会の祭り行事としてだけでなく、阿波踊りやエイサーなど、一地方の盆踊りから全国に広まったものもある[1]

夏休みの間の大きなイベントの一つである。かつては夜通しで行なわれることも多かったが、近年は治安維持のため深夜まで行なわれることは少なくなっている。国内外の各地に盆踊りの会や教室がある。

起源
盆踊りはもともとは仏教行事であるとする説、歌垣の遺風とする説、原始信仰の儀式だったとする説など諸説あるが、文献に最初に登場するのは室町時代と言われる[2]。平安時代、空也上人によって始められた踊念仏が、民間習俗と習合して念仏踊りとなり[4]、盂蘭盆会の行事と結びつき、精霊を迎える、死者を供養するための行事として定着していった。死者の供養の意味合いを持っていた初期の盆踊りは、新盆を迎える家に人々が赴き、家の前で輪を作って踊り、家人は踊り手を御馳走でもてなした[4]。盆には死者が家に帰って来るという考え方から、頬被りをして人相を隠し、死者の生き返った姿に扮した人がその物語を演じたという[4]

踊り念仏は、鎌倉時代には一遍上人が全国に広めたが、一遍や同行の尼僧らは念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り狂い、法悦境へと庶民を巻き込んで大ブームを引き起こした[5]。それ以降は、宗教性よりも芸能に重点が置かれる念仏踊りが生み出され、人々はさらに華やかな衣装や、振り付け、道具、音楽などを競うようになった[5]。室町時代の初めには、太鼓などをたたいて踊るようになったといわれている。現在も、初盆の供養を目的の盆踊りも地域によっては催されている。太鼓と「口説き」と呼ばれる唄に合わせて踊る。口説きは、地区の伝統でもある。初盆の家を各戸を回って踊る所もある。昔は旧暦の715日に行われていた。ゆえに、盆踊りはいつも満月であった。

鎌倉時代以降、経済力や自治力を得た民衆により新奇な趣向が次々に考案され、江戸時代初頭には絶頂を極めることになる。江戸では7月に始まり連日踊り明かしながら10月にまで続いた。次第に盆踊りは性の解放のエネルギーと結びついていく。日本では性は神聖なものとされ、神社の祭礼を始めとし、念仏講、御詠歌講など世俗的宗教行事の中心に非日常的な聖なる性があるべきと考えられるようになり、盆踊りは性の開放エネルギーを原動力に性的色彩を帯びるようになる。明治時代にはしばしば風紀を乱すとして警察の取締りの対象となった。盆踊りは未婚の男女の出会いの場にとどまらず、既婚者らの一時的な肉体関係をもつきっかけの場をも提供していた。ざこ寝という、男女が一堂に泊まり込み乱交を行う風習も起こり、盆踊りとも結びつき広まり、ざこ寝堂はほとんど全国の農村には存在した。これは昭和時代に至っても続いていた[5]
...』
Wikipedia



盆踊りの俳句:



・五重の塔そびらに奈良の盆踊  阿波谷和子



・経あげてより始まれり盆踊  内田郁代



・炭坑節今も廃れず盆踊  大島寛治



・帰り来し死者も見にゆく盆踊  谷野予志



・星あまたふやして果つる盆踊  矢口笑子





送り火も終わり、御魂が帰られてお盆の行事も一段落した。
全国津々浦々で行われた夏祭り・盆踊りも終章を迎えた。


大分県姫島の盆踊りは、地域の縁の深い島だからこそだが、昔からの伝統的な盆踊りの姿をまだ保っている。



昔程の熱気はないにしても、盆踊りはまだ地域の人々を繋ぐ太い糸になっている。
知らない人の集まりである新興団地でも夏祭りと盆踊りは地域の縁を結びつけるための大きな役割を果たしている。

キツネ踊りを踊った子どもたちは、一生心の中にキツネ踊りを大切にしている。
姫島では盆踊りが地域の縁と友達と異なる世代を一つに結んでいる。


新しい市街地には、新しい盆踊りが、生まれ根付いている。
炭坑節だけではなく、「ダンシングヒーロー」は日本の盆踊りのスタンダード・ナンバーになっている。

「一宮七夕まつり・ダンシングヒーロー盆踊り(2018729日)」


https://youtu.be/lHf4S-So7P8





祭りの果ては寂しさが付き纏うが、それだから日常に戻り活き活きと暮らすことができる。





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2018/08/16 茸の女王 キヌガサタケの人工栽培に成功

2018-08-16 20:33:00 | (19)科学・新技術・新製品


食べたことはおろか、見たこともないキヌガサタケ。
中国の宮廷料理でツバメの巣やフカヒレと共に使われるそうだ。

生を手に入れるのは難しく、本場中国でも乾燥させたものしか入手できない珍しいもの、それが生のまま提供されれば好事家から喜ばれそうだ。


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(朝日新聞)

姿も確かに平安の貴婦人が笠を被り、虫の垂衣を着用しているようで、優雅だ。

記事にはどんな味がするのか書かれていないので、調べてみた。

笠の部分は、成熟すると粘液を出し虫を誘引するそうだ、その粘液が異臭を放つので臭いそうだ。
この粘液を洗い流して料理する事になる。

味は、特に個性的なものではないようだ。
特徴は食感で、胴体や虫の垂衣の部位ごとに異なる食感が楽しめ、汁物に入れたり、炒めたり、揚げたりするとそれぞれ食感が変化し、歯ざわり・食感は楽しめるそうだ。
シャキシャキ、コリコリ様々になるらしい。



『珍キノコ、珍しい人工栽培に成功 フカヒレ並の高級品
8/13(
) 6:59配信 朝日新聞デジタル


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キヌガサタケを収穫する人たち=2018年8月3日午前9時8分、岐阜県郡上市和良町横野

白いレースのような笠をまとった珍しいキノコ「キヌガサタケ」の商用人工栽培に岐阜県郡上市のキノコメーカーが成功した。国内のキヌガサタケの人工栽培は珍しいといい、来年からの本格栽培をめざす。

キヌガサタケをズーム写真で

キヌガサタケは竹林などに生えるキノコで、中国の宮廷料理でツバメの巣やフカヒレなどとともに料理される高級食材として知られている。人工栽培の研究は各地で行われているが実用化は難しく、市場に出回っているのは中国産の乾燥ものがほとんどだという。

ハルカインターナショナル(郡上市和良町横野)では約10年前からキヌガサタケの人工栽培を研究。竹のチップに牛ふんなどをまぜて発酵させたものに菌糸を植え、その上から土をかぶせるという栽培方法を確立した。約150平方メートルの畑で数万個がとれる見込みで、今年は味を見てもらうために国内外の高級料理店などに提供している。

食用キノコに詳しい日本きのこ研究所(群馬県)の牧野純主席研究員は「研究機関などでのキヌガサタケの人工栽培の報告はあるが、私が知る限り商用の人工栽培は国内では例がない」と話す。

キヌガサタケは日本の竹林にも自生しているが、独特の生態のため収穫して食べるのは難しい。まんじゅうのような形をした「幼菌」の状態から、早朝に一気に伸びてレース状の網が開くが、いつ伸びるか分からない上、数時間で倒れてしまうという。
』(朝日新聞社)





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2018/08/16  日記  送り火

2018-08-16 19:38:00 | (2)日記

2018/08/16 () 旧暦:76日 祝日・節気:  日出:500分 日没:1829分 月出:1002分 月没:2145分 月齢:4.71 干支: 庚辰 六曜: 赤口 九星: 五黄土星

今日のあれこれ: 送り火

「京都の夏・五山送り火「大文字」点火の瞬間」


https://youtu.be/9CTHRjfR2Gw





『送り火(おくりび)とは、お盆の行事の一つで、お盆に帰ってきた死者の魂を現世からふたたびあの世へと送り出す行事である(反対語 → 迎え火)。 家庭の玄関先や庭で行われるものから、地域社会の行事として行われるものまで、さまざまな規模で行われている。大規模なものでは大きく分けて、山の送り火、海の送り火の2つがある。仏教が庶民の間に浸透した室町時代以後に年中行事として定着したといわれている。

山の送り火としては、京都の五山送り火・奈良の高円山大文字送り火などが有名。海の送り火としては、「灯籠流し」が全国的に行われている(「精霊流し」と呼ぶ地方もある)。地方によってその由来や意味あい、行事の内容、行われる時期などはそれぞれ異なっている。観光行事として、最近行われ始めたものもあるようだ。』
Wikipedia



送り火の俳句:



・読経や五山送り火灯のともる  高橋敏



・燃えあがる送り火見つむただ黙す 安間敏子



・送り火に草の揺るるは父と母と  須藤美智子



・眼の疎き母へ送火いつまでも  谷村祐治



・送り火や母のもの着て母送る 中西夕紀





お盆も今日で区切りの日を迎える。
ご先祖の御魂をお迎えしてひと時を過ごしたが、もうお送りする日だ。

ご先祖様と言っても、10代も前の方は顔もわからないので親しさはない。
3代までなら顔を思い出すことができるが、最も懐かしく、別れが辛いのは母、父だ。
俳人たちも神妙に懐かしくお送りしている。


子供を連れて故郷へ帰り、待っている生身魂の父母への孝養を尽くした家族も多いはずだ。
海へ、山へ遊びに行き美味しいものを食べに行き、生身魂も疲れ果ててしまうこともあるが、事故もなく無事に帰ってくれれば、それでお盆の目的は達成されたことになる。

日本の夏はお盆を中心に回っている。
来年もまた、そうだろう。





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2018/08/15  日本にも  いい男  尾畠春夫がいた

2018-08-15 21:30:21 | (17)気になる人


行方不明になっていた2歳の男の子が発見された。

発見したのは大分からボランティアで捜索に参加していた尾畠春夫氏。

この人のインタビューのニュースを見て感じたこと。
話の内容もさることながら、画面に書かれている(78歳)の文字と画面の人物との乖離だった。

話しっぷりや表情や外見は78歳と不釣り合いで、60歳前後に見える。

話の内容も、どうして発見できたのか理解ができる。
子供は下には行かず上に行くという過去の経験から、不明になった地点から上を捜索した。
大声で名前を呼びかけながら探すこと、僅か20分で発見したそうだ。

話の途中、発見したときの嬉しさを思い出して、涙を拭っている。
感情豊かな人だ。

後で、ネットで記事を探してみると、立派な過去を持つ人であることがわかり、成る程と得心できた。


『「罰を受けても直に家族にお渡ししたかった」行方不明2歳児を発見した尾畠春夫さんが会見
座右の銘を尋ねられた尾畠さんは「朝は必ず来るよ」と答えた。

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山口県周防大島町で行方不明になっていた2歳の男の子を発見した捜索ボランティアの男性が15日午後、報道陣の取材に応じた。

発見したのは、大分県の尾畠春夫さん(78)。「学歴もない何もない人間だが、65歳で鮮魚店を辞めて、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきた」と、全国各地で車中泊しながら、ボランティア活動を行ってきたという。

今回も広島県でのボランティアを終え、一時帰宅していたが、報道を見て昨日午後に現地入りし、捜索に当たっていた。「大分の佐伯で2歳の女の子を探した経験から、下るということはないと思っていた。不思議なもんで、子どもっていうのは、上に上がるのが好きみたい」と話し、今朝は家族から行方不明になった場所を聞いて、「絶対この上にいるなと確信した」という。

そして尾畠さんが理稀ちゃんの名前を叫びながら、曽祖父の家の北側にある山を700メートルほど登っていたとき、「おいちゃん、ここ!」という返事が聞こえ、沢の苔むした岩の上に座っている理稀ちゃんを見つけたという。

「一瞬、心臓が止まりそうな感じがした。近づいて、"頑張ったね"と言って、飴の袋を取り出したら、袋ごと取って手を突っ込んで開けようとした。自分では破れなかったから、開けて渡してあげたら口に入れて、途端にガリガリと噛んだ。この声の出し方、飴玉を袋ごと取って口に入れる様子を見て、これは大丈夫だなと思った」。

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家族に対し「私が抱きしめて直にお渡しします」と約束していたという尾畠さん。「口約束も契約。警察が"渡してください"と来たけど、"イヤです"と言った。言うたことは守る。なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない。理稀ちゃんの顔を見せたときは、お母さんはもう声が出なかったな。あの嬉しそうな顔は、一生焼き付いて離れんだろうな」と振り返り、「人の命って重いから、何かお手伝いさせてもらえいたいなと思って参加した。尊い命が助かってよかった。"おいちゃん、ここ"と言った時は嬉しかった」と涙を浮かべていた。

記者に座右の銘を尋ねられた尾畠さんは「朝は必ず来るよ」と答え、理稀ちゃんには「人の痛み、悲しみのわかる人間になってくれたら」と話していた。』
HUFFPOST
https://www.huffingtonpost.jp/abematimes/yamaguchi-20180815_a_23502456/?utm_hp_ref=yahoo
より転載)



『捜索ボランティアの尾畠春夫さんは「師匠」と呼ばれていた。行方不明だった2歳男児を発見
8/15(
) 13:58配信
ハフポスト日本版

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周防大島

山口県周防大島町で812日から行方不明になっていた2歳の男児が15日、無事に保護された。山中で男児を発見したのは、ボランティアで捜索に加わっていた大分県の尾畠春夫さん(78)だった。

報道各社のインタビューに応じた尾畠さんは、「小さな命が助かったと思った。本当にうれしかった。助かってよかった、助かってよかった。ただそれだけ」と語った。そして、2016年末に大分県で行方不明になった女児の捜索ボランティアにも参加しその時の経験が今回の捜索で生かされたことも明らかにした。

ボランティアで由布岳の登山道の整備
大分県別府市で鮮魚店を営んでいた尾畠さん。40歳で登山を始め、58歳で北アルプス55山を単独縦走した。

尾畠さんはその頃から、ボランティアで由布岳の登山道の整備を始めている。月に78回、3040キロの材料を担いで登り、崩れかかった登山道の整備をしたり、案内板を設置したりしたという。

徒歩で日本列島を縦断
66
歳で尾畠さんは鮮魚店を引退し、鹿児島県の佐多岬から北海道の宗谷岬まで日本列島を徒歩で横断する旅に出た。

2006
年の41日に出発、71日に全行程3250キロを歩き、尾畠さんは無事ゴールを遂げている。毎日、朝夕に孫の声を電話で聞くことを励みにしていたという。

このチャレンジについて、尾畠さんは朝日新聞の取材に「生まれた日本を縦に歩いてみたかったのと、体力がどのくらい持つのか、動機は単純じゃ」と語っている。

ゴール後、同級生たちに祝福された尾畠さんは「目標を持ってやれば、出来るものだ」と笑顔だった。(朝日新聞20060709日)

東日本大震災・南三陸町でボランティアの「師匠」と呼ばれる
2011
年の東日本大震災では、3月から宮城県南三陸町でボランティアとして活動していた。町から依頼され、被災地で、人々が大切にしていた物を拾い集める「思い出探し隊」の隊長を務めた。

軽自動車で3日かけて被災地へ。日本列島縦断の旅で、テントを干していた南三陸町で親切にされた人を訪ねたことがきっかけとなったという。

2004
年の新潟県中越地震の被災地でもボランティア活動に参加していた尾畠さん、若いボランティアからは「師匠」と呼ばれていたという。その後も大分と車で往復しながら計500日間支援に当たったという。(朝日新聞20110427日)

熊本地震でもボランティアに参加
熊本地震では、熊本県益城町でボランティア活動をしていた。既にこの時には「ボランティア歴25年」になっていた。

町が設置したボランティアセンターに「スコップやヘルメットがもっと必要」などと用具などについて助言。職員が「私たちにも初めての経験。言われて気付いたことがたくさんあって助かります」と話していたことが報じられている。(朝日新聞20160425日)

夢は100歳での祖母山登頂
尾畠さんは、夢は「100歳での祖母山登頂」だと答えている。ボランティアは「体力の続く限り続けたい」という。(朝日新聞20101224日)
ハフポスト編集部』
(ハフポスト編集部
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180815-00010003-huffpost-soci
より転載)


日本にも、この様に日々、陰徳を積んで真っ直ぐ生きている人がいることがわかり、気分が晴れ晴れとした。

レスリング部の陰湿な監督、アメリカンフットボール部の非常識な権力亡者とその大学の理事長、ボクシング連盟の暴力団会長、裏口入学を認めない文部官僚TOPなどなど

日本の組織のリーダーの呆れるほどの低レベル。
非常識とか我儘とか権力欲とか亡者とかを超えて、壁の向側の人たちだ。

戦後日本の民主主義の悪い面が相当に日本を蝕んでいることへの危惧と不安ばかりだった。

そのような閉塞感の中、尾畠春夫氏が登場してくれた。
ありがたいことだ。
生き仏様のようだ。

報道も悪い人だけ報道するのではなく、世の中のために私利私欲を超えて奮闘している人を、世の中に知らしめて欲しい。






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2018/08/15  日記  阿波おどり

2018-08-15 19:39:28 | (2)日記

2018/08/15 () 旧暦:75日 祝日・節気: 月遅れ盆、終戦の日 日出:459分 日没:1831分 月出:858分 月没:2111分 月齢:3.71 干支: 己卯 六曜: 大安 九星: 六白金星


今日のあれこれ: 阿波おどり



「阿波おどり2018 うずき連 ♪ よんでん阿波おどり広場」


https://youtu.be/2B-Ht_Xhs6o






阿波踊の俳句:



・阿波踊腰の印籠地を擦れり 伊藤伊那男



・阿波踊大きな男這ふやうに 畑 直子



・緋の蹴出し流れるやうに阿波踊  鈴木石夫



・下駄先に艶の集まる阿波踊  上原白水



・指先のしなといふもの阿波踊  上崎暮潮





徳島の阿波おどりは12日から今日まで4日間にわたって開 催されている。
今日が最終日、盛り上がっている筈だ。

季語としての阿波おどりは、認知されていると言って良い。
本来の季語「踊り」は、盆踊りのことで、初秋の季語となっている。
すべてお盆の期間に行われる盆踊りは、「踊り」で括られる。

阿波踊りに関しては、江戸初期からの400年の歴史があり、伝統文化として地域はもとより全国に知られた行事になっているから認知度は高い。

加えて、関係機関・団体が俳句コンクールを毎年開催し、季語としての「阿波おどり」の定着を図っている。


『阿波おどり俳句コンクール2018 作品募集
6/30 10:00

阿波おどり会館では、阿波踊りを俳句で表現し、徳島の新しい文化の創造につなげるため阿波踊りを題材にした俳句コンクール「阿波おどり俳句コンクール2018」を実施し,71日より作品募集を開始します。県内外各地からのご応募お待ちしております。

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◇応募要件 阿波踊りをイメージした季語を必ず入れること

◇部門 ①一般の部(中学生以上) ②子供の部(小学生以下)

◇投句数 1人3句まで

◇投句料 無料

◇賞 特賞(各部門1点)、優秀賞(各部門3点)、秀逸賞(各部門10点)

◇選者(五十音順、敬称略) 岩田公次さん(祖谷主宰)、上窪青樹さん(風嶺主宰)、谷中隆子さん(藍花主宰)、西池冬扇さん(ひまわり主宰)、西本潤さん(松苗主宰)、福島せいぎさん(なると主宰)、船越淑子さん(青海波主宰)、山田穣太郎さん(航標主宰)

◇発表 10月中旬、徳島新聞朝刊にて

◇作品展示 入賞作品は阿波おどり会館(10月下旬~11月中旬)、コスモホール(11月中旬~下旬)、アエルワ(12月上旬~中旬)で展示

◇応募方法 阿波おどり会館などにある応募専用用紙に記入して直接投函するか、郵送、ファクス、メールにて。応募用紙は阿波おどり会館及び徳島新聞社のホームページからもダウンロードできます。

                                                             
募集要項

◇締め切り 910()必着

◇申込み・問い合わせ先 〒770-0904 徳島市新町橋2丁目20 阿波おどり会館

〈電0886111611〉、ファクス〈0886111612〉、

メール tokushima@awaodori-kaikan.jp

主催 阿波おどり会館、徳島新聞社

後援 徳島県、徳島市、徳島県教育委員会、徳島市教育委員会』
(徳島新聞社
http://www.topics.or.jp/articles/-/65708
より転載)


「花笠おどり」や「よさこい」も同じ様に定着化を図るための活動が必要だと思う。
とりあえずは俳句コンクールを開くべきだろう。


今年の阿波おどりは去年までとは違った状況があったそうだ。

赤字が続く阿波踊りに対して徳島市長が、従来のやり方を変え、分散した有料の特設会場を設置し、収入増を図った。
その一環として、従来行われていた総踊りが中止になった。

それに対し、踊り手団体はど記事に、道路で「総踊り」を強行した。

「阿波踊り:踊り手団体独自に「総踊り」強行」


https://youtu.be/FSIQiZJOOwc





400
年の歴史の中では、中止されたこともあったが、今に続いている阿波おどり。
簡単に止められるものではないし、そうするべきではない。




【データ】

阿波おどり 公式サイト

https://awaodori-kanko.jp/






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2018/08/14  日記  向日葵

2018-08-14 19:37:00 | (2)日記

2018/08/14 () 旧暦:74日 祝日・節気:  日出:458分 日没:1832分 月出:751分 月没:2036分 月齢:2.71 干支: 戊寅 六曜: 仏滅 九星: 七赤金星

今日のあれこれ: 向日葵


180809 津南町ひまわり広場 ひまわり迷路」


https://youtu.be/jfU22ohNmII





『向日葵(ひまわり、ひまはり) 晩夏
子季語:日車、日輪草、天蓋花
解説: 向日葵は太陽の花。太陽に向かって花の向きを変えると考えて、この名がついた。夏の象徴の花である。
来歴: 『滑稽雑談』(正徳3年、1713年)に所出。
実証的見解: キク科ヒマワリ属の一年草。北アメリカ原産で、公園や庭などで広く栽培される。丈は二メートルほどにもなる。夏、茎頂に花径十五センチほどのあざやかな花を咲かせる。内側の花びらがない花を筒状花、外輪に黄色い花びらをつけた花を舌状花という。種からは油が取れ、食用にもなる。』
(季語と歳時記)



向日葵の俳句:



・ちぎれ雲ひまわり迷路抜けられず  松浦途子



・向日葵の迷路にひとの沈みけり  安藤久美子



・向日葵の迷路にいさぎよく迷ふ  齊藤實



・向日葵の迷路に声の迷へる子  竹下陶子



・向日葵の迷路どこまで波の音 小野恵美子





猛暑にも負けず向日葵はよく育った。
あちらこちらの向日葵畑では迷路が作られている。
そして、向日葵も迷路も楽しみたい人がやってくる。

幽霊屋敷や絶叫マシンやバンジージャンプにわざわざ出かけ、お金を払って、人は絶叫している。

その気持は良く解らない。
スリル、冒険、好奇心...

迷路も迷えば、出口を求めて、道を急ぎ見つけなければならない。
大きく育った向日葵を愉しめばそれで良いのに、迷路など必要だろうか。

向日葵の迷路など行かなくても、自分たちの人生は迷路そのもの。
先は見通せず、この先がどこにつながっているのか判らない、そもそも出口が用意されているのかも判らない。
毎日がラビリンス。


人間とは迷うもの。
人間とは迷いたいもの。

先の見える人生など、退屈でつまらない。

天空の神様なら全体を見ることができる。

向日葵迷路もドローンなら全体を見ることができる。

「【4K空撮】2018728日 「津南ひまわり広場」」


https://youtu.be/5m27G7JyHAc




迷うことは楽しいことかもしれない。





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2018/08/13  日記  星祭

2018-08-13 19:54:26 | (2)日記

2018/08/13 () 旧暦:73日 祝日・節気:  日出:457分 日没:1833分 月出:642分 月没:1959分 月齢:1.71 干支: 丁丑 六曜: 先負 九星: 八白土星

 

今日のあれこれ: 星祭

 

「八塔寺星まつり2018 ペルセウス座流星群」

 

https://youtu.be/793PcrMNEDg

 

 

 

『七夕(たなばた) 初秋

 

子季語: 棚機、棚機つ女、七夕祭、星祭、星祝、星の手向け、星の秋、星今宵、星の歌、 芋の葉の露

関連季語: 天の川、梶の葉、硯洗、庭の立琴、星合、牽牛、織女、鵲の橋、乞巧奠

解説: 旧暦七月七日の夜、またはその夜の行事。織姫と彦星が天の川を渡って年に一度合うことを許される夜である。地上では七夕竹に願い事を書いた短冊を飾り、この夜を祝う。

来歴: 『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。

実証的見解: 夏から秋に季節が変わるころ、「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれる少女が、人里離れた水辺の「棚」の中で「機」を織りながら、水の上を渡って訪れる神を待つという言伝えがある。この「棚」と「機」が「たなばた」の語源である。この言伝えが、奈良時代になって、裁縫上達を願う中国の「乞巧奠」の行事と結びついて、現在の「七夕」の行事にな

ったとされる。中国の「乞巧奠」では五色の糸や針を供えて、星に裁縫の上達を願った。

これが発展して七夕の夜にはさまざまの願いごとを短冊に書いて竹に飾るようになった。

七夕の夜には、天の川をはさんで、彦星と織姫星が接近することから、年に一度の逢瀬にとえられ、さまざまな伝説が各地で生まれた。また、七夕は、盆の前のみそぎの行事でもあり、笹竹や供え物を川や海に流し、罪や穢れを祓う儀式も行われた。これが「七夕流し」である。』

(季語と歳時記)

 

 

 

星祭の俳句:

 

・寝惜しみて白馬の一夜星まつり  垣尾美智子

 

・鍵開けて屋上に出る星まつり  野路斉子

 

・願ひごとひとつに決めて星祭る  中島昌子

 

・園児らの願ひさまざま星祭  本郷美代子

 

・家系みな女ばかりや星祭  橋詰一石

 

 

 

西の方は晴れの予報だったが、東海地方から東は曇りや雷雨だった。

今日も天気が不安定で、星空を見るのは難しいかもしれない。

ここ数日、晴れる夜もあるだろうから、それまでに願い事を決めて置けば良い。

日付にこだわる必要はない。

 

桃の節句と同じように七夕・星祭も女の子のお祭りのイメージが強い。

ピンクの浴衣に、髪に白いリボンをつけた女の子がすまして歩いて行く様は可愛い。

一家揃って女系家族なら華やかで賑やかで羨ましいことだ。

 

昨日は雨が有り、猛暑も一段落した、明日はまた暑いようだが、そろそろ秋らしい風も吹きそうだ。

 

 

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2018/08/12  日記  季語としての「よさこい祭り」

2018-08-12 17:44:03 | (2)日記

2018/08/12 () 旧暦:72日 祝日・節気:  日出:457分 日没:1834分 月出:531分 月没:1918分 月齢:0.71 干支: 丙子 六曜: 友引 九星: 九紫火星

今日のあれこれ: 季語としての「よさこい祭り」


「高知よさこい祭り2018 前夜祭 ほにや」


https://youtu.be/N8e37u7xxkU




2018年 高知 よさこい祭り 本祭1日目 『濱長花神楽』 / Yosakoi Festival in Kochi 2018, Japan


https://youtu.be/pkbSn63eYz0




『よさこい祭り(よさこいまつり)は、毎年89日の前夜祭、810日と811日の本番、812日の全国大会と後夜祭の4日間にわたって高知県高知市で開催される祭り。前夜祭の行われる9日には、約4,000発の花火を打ち上げる高知市納涼花火大会も開催される。四日間で延べ約100万人の人出があり、四国三大祭りの一つである。

祭り本番は市内9ヶ所の競演場・7ヶ所の演舞場で趣向を凝らした200チーム・約2万人が演舞を繰り広げる。なお、「よさこい」という言葉の意味についてはよさこいを参照。

概要
1954
年(昭和29年)、徳島の阿波踊りに対抗する形で、高知商工会議所青年団 により第1回よさこい祭り開催(第1回開催に先立つ1950年(昭和25年)、南国高知産業大博覧会にてよさこい踊りが初披露されている)。祭りはパレード形式で開催されるが、地方車(じかたしゃ)と呼ばれるトラックにPA機器を搭載し、踊り子がその後ろに連なってよさこい踊りを舞い、各演舞場を順番に回っている。踊り子たちの衣装や化粧(概ね厚化粧)は凝っている場合が多い。

祭りの発展には武政英策が大きく関係している。武政は、踊りに用いられる楽曲「よさこい鳴子踊り」を担当するのみならず、鳴子(作物を狙う鳥を追い払う農機具)を手に持って鳴らすことを思いつき、現在でもよさこい踊りの重要なアイテムになっている。また、当初のよさこい踊りは、現在「正調」と呼ばれる日本舞踊の振り付けを踏襲した盆踊りスタイルであったが、武政が楽曲の自由なアレンジを許したため、その後色々なバリエーションを生むことになった。現在ではサンバ、ロック、ヒップホップ、演歌、フラメンコ、フラダンスなど各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを披露し、伝統を色濃く残す「正調」とともに観客を楽しませている。

1992
年(平成4年)、北海道札幌市でYOSAKOIソーラン祭りが開催、これを皮切りに「よさこい祭り」は全国各地に広がることとなった。戦後に発祥地から全国各地に広まった祭りとして、仙台七夕発祥の装置集約型の商店街イベントである七夕祭りがあるが、「YOSAKOI祭り」は踊りが中心であるため、装置集約型に比べて主催者側の支出が少ない参加者集約型の都市イベントであり、YOSAKOIソーラン祭り以降、地元の民謡と鳴子を手にしたよさこい祭りが急速に各地で普及している(詳細はYOSAKOIを参照)。

それに伴い、よさこい祭りも、近年大きく変容してきている。踊りの振り付けが複雑で覚えるのが難しく、かつ激しい動きをするものが多くなった。老若男女を問わず(観光客、地元民を問わず観客に飛び入り体験をしてもらう機会も含め)、楽しく踊りに参加できる形式への模索・実践が続いている。
...』(Wikipedia



「よさこい祭り」、「よさこい」も季語にはなっていないようだ。
これほど、説明もいらないような知られた祭りが季語になっていないのは理解が出来ない。

理由として考えられるのは、行事として歴史が浅いことがあるのかも知れない。
戦後に始まった行事で江戸はおろか明治にまでも遡らない。
伝統を重んじる俳句の世界では、それが問題になるのかも知れない。

しかし、「花笠まつり」と違って「よさこい」には文字としての特定性があり、制約がない。
年中開催される、よさこいソーラン系のイベントは「YOSAKOI」と表現されており、夏祭りとしての高知の「よさこい」は季節性を持っている。
開催が立秋以後なので、暦では秋になるので秋の季語としても、どちらでも良い
問題は、独立した季語として取り扱うことだ。

俳句は新しいことを取り入れる文化を持っているはずだ。
関係者は「よさこい」を季語として定着させるべく、活動する必要があるだろう。


踊りとしての「よさこい」は、非常に新しい。
新しさを追求している。
最初の動画の振り付けなどは、ラテン音楽やHIPHOPの振り付けでもおかしくない。

「よさこい」に自由参加のFree Danceの場が提供されれば、外国人観光客も楽しく踊るだろう。



【データ】

よさこい祭り 公式サイト

http://www.cciweb.or.jp/kochi/yosakoiweb/






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2018/08/11  日記  のうぜん

2018-08-11 19:20:24 | (2)日記

2018/08/11 () 旧暦:71日 祝日・節気: 山の日、朔 日出:456分 日没:1835分 月出:419分 月没:1833分 月齢:29.01 干支: 乙亥 六曜: 先勝 九星: 一白水星

今日のあれこれ: のうぜん、凌霄花


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(多摩市の散歩道
http://tama-sanpo.seesaa.net/article/421674015.html
より転載



『ノウゼンカズラ(凌霄花[3][4][5][6][7]Campsis grandiflora)はノウゼンカズラ科の落葉性のつる性木本[8]。夏から秋にかけ橙色あるいは赤色の大きな美しい花をつけ、気根を出して樹木や壁などの他物に付着してつるを伸ばす。

中国原産[9][6][7][4]で平安時代には日本に渡来していたと考えられる[9][7]。夏の季語[6][4]

名称
古名は「ノウセウ(陵苕[4])」または「ノセウ」で、それが訛って「ノウゼン」となった[10][4]。また蔓が他の木に絡み攀じ登るため「カズラ」の名がついた[10]。また古くは「まかやき(陵苕)」とも呼ばれた[11]

「ノウセウ」については凌霄(りょうしょう)の朝鮮読み「ヌンソ」の訛りとする[10]説もある。

別名に「ノウゼン」、「ノショウ」がある[8]。「のうぜんかつら」と表記される場合もある[12]

漢名の凌霄花は「霄(そら)を凌ぐ花」の意で、高いところに攀じ登ることによる命名[10]。漢詩では他物に絡むため愛の象徴となる[10]。また、「陵苕」(リョウチョウ)も本種を表す[13]。現代中国語では「紫葳」(拼音: z
ǐ wēi
)とも呼ばれる[14]

花の形がトランペットに似ていることから英語では「トランペット・ヴァイン」(trumpet vine[2])、「トランペット・クリーパー」(trumpet creeper[2])あるいは「トランペット・フラワー」と呼ばれる。

特徴
蔓性落葉低木[7][1][4]で、花期は7-8[6][15][9][1]

蔓は長さ3mから10mほどまで成長し[7][4]、他のものに吸着する付着根(木質の気根[2][15])を出して這い登る[6][9][15]。 幹はフジと同じように太くなる。樹勢が非常に強く丈夫な花木であり、地下茎を延ばし蘖を周囲に芽生えさせ、繁殖する。

葉は奇数羽状複葉で対生する[6][7]。小葉は2-6[6]5-13[1])、長さは3-7cmで表裏面ともに無毛[6][1]、幅は2-4cm[1]、縁には粗い鋸歯がある[6][1]。柄は無柄[1]。側小葉は卵形ないし広卵形または楕円形で、その表面は濃緑色で光沢があり、裏面は帯白緑色[1]。先端は鋭頭または鋭尖頭で基部は広い楔形[1]。側脈は5-7[1]

枝先に円錐花序を萌出し、直径6-7cmの橙黄色の花を対生する[6]。花房は垂下し[2]、花冠は広い漏斗型で、先端は5裂し平開する[6]。雄蕊は4本のうち2本が長い[6]。日本では結実しにくい[6]。花は暖地では晩夏から秋にかけ大量に形成される[2]。 落花すると、蜜がたれ周りを湿らすほど。その蜜にメジロや蜂が集まってくる。その蜜は毒性があるといわれるが、根拠のない俗説・風評である。

利用
古くから観賞用に植えられており、庭園、公園などに庭木として利用される[6][1]。日本での植栽地は本州東北地方以南で日当たりと水捌けがよい肥沃地に生育する[7]。寒さを嫌うため植え付けは3月下旬から4月上旬にかけ行われる[7]6月から7月上旬にかけ挿し木で殖やされる[7]。また、樹勢が強く、よく成長するため落葉期の2月に前年の枝を全て切り落とし、幹だけにする整姿剪定が行われる[7]。日光不足では花がつかず、蔓は固定していないと冬に枯れてしまう[7]。 また、近年では赤花や黄花も作出されている[7]。長雨で蕾が落ちやすい[16]

花や樹皮は漢方薬では利尿や通経に使われる。園芸品種が複数存在し、ピンクや黄色などの花色もある。新梢に房となって花が枝元から次々に咲き、花は毎日のようにすぐに散る。花が終わった新梢をそのままにしておくと、樹の姿が乱れ、樹勢が衰えるので適切な剪定が必要。鳥媒花であり、ハチドリが空中をホバリングしながら嘴を花の中にさし込んで蜜を吸う。
... 』(Wikipedia



のうぜん花の俳句:



・凌霄花昔廓のひとところ 本橋美和



・凌霄花吉凶かかはりなく盛る 日向野貞子



・凌霄花ふはりと散らせ雨あがる 高鴨良子



・凌霄花散るに興じてはめ外す 高澤良一



・凌霄花朱に散り浮く草むらに 杉田久女





凌霄花は目立つ花だ。
色合いが落ち着いた色ではなく主張のある橙色。
地上近くではなく高いところに咲くので、遠くからでもよく見える。

品行方正なではなく、少し崩れた印象がある。
そこが夏向きで惹きつけるところがあるのかもしれない。

昔の遊郭の辺りにはお似合いの花だ。

散り際も、さっぱりとしたものらしい。
俳人たちも散った凌霄花を詠んでいる。
散った後も形を残し、まだ花の主張をしている。
往生際が悪いと言うより、散っても目を引く気概の花なのだ。





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2018/08/10  日記  麦茶

2018-08-10 19:20:00 | (2)日記

2018/08/10 () 旧暦:629日 祝日・節気:  日出:455分 日没:1836分 月出:310分 月没:1741分 月齢:28.01 干支: 甲戌 六曜: 仏滅 九星: 二黒土星

今日のあれこれ: 麦茶


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(智照尼
JFK-World 世界の撮影・取材地トピック
https://blog.goo.ne.jp/fujikuma-jun/e/5fe843de8d37e54fa0ebfd4b6663cfed
より転載




『麦湯:            麦茶、冷し麦茶
三夏
殻付きのままの大麦を炒って煎じた飲料水のことで冷やして飲むことが多く、匂いが香ばしい。あっさりしていて安く、庶民的な夏の飲み物である。今では麦茶と称されるのが一般的である。天保の頃から往来に茶店を出し、麦湯を売ることが行われていた。』
(季語と歳時記)




麦茶の俳句:



・薬缶ごと置かれし麦茶草野球  石田玲子



・麦茶持ち仕上がり眺む植木職  赤座典子



・麦茶炊き朝のはじまる大家族  塩路隆子



・母が居て麦茶の匂ふ厨かな  小林朱夏



・麦茶召す智照老尼はうつくしき 阿波野青畝





毎日35度以上は当たり前、場所によっては40度を超える東海地方。
天気予報では熱中症の話ばかり。

日本茶、コーヒーは利尿作用があるので熱中症対策に飲むには適していない、カフェインを含まずミネラルが多い麦茶は熱中症対策に適した飲み物だそうだ。

という訳で、我が家では毎日麦茶が煮られ、冷やされるようになった。
日本茶、コーヒーから麦茶に切り替えて、特に変わったことはないが、熱中症になっていないから効果があるのだろう。

毎朝、大薬缶に麦茶を煮て、冷やしておいてくれるお母さんがいる家庭は安心できる家庭だ。
些細なことだが、スポーツドリンクの2Lペットボトルの買い置きやただの冷水より愛情が詰まっている。


阿波野の句に引っかかった。
今更ながらの話だが、「智照老尼」を知らなかった。
智照尼で調べてみるとすぐわかった。

幼いときに父に花街に売られ、その美貌から売れっ子芸妓になり、金持ちに身請けされる一方、奔放な男遍歴を繰り返し、小指を詰めたり、自殺を繰り返したり、激しい人生を生きた。
突然39歳のとき得度し京都祇王寺に入り、廃れていた祇王寺を再興し、98歳まで生きた。

瀬戸内寂聴が智照尼をモデルに書いた小説が「女徳」だそうな、瀬戸内の生き様は高岡智照を追いかけているのだろう。


阿波野青畝が会った智照尼は、晩年で激情・興奮の生から智の照らす落ち着いた姿だった。
その安堵の姿には麦茶がよく似合っていた。



【データ】

高岡智照
Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B2%A1%E6%99%BA%E7%85%A7




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