当ブログは、映画「ザ・ハングオーバー」とは無関係です。
by.NA-094
はんぐおーば
怖いのは、隣の”愛国者”それとも”犯罪者”?

ここ数週間のTVのニュースを見ていて、”ふっ”と思いついたことがある。
”日本人(自国の人間)が100人、死ぬ”のと、
”外国人が100人死ぬ”のと、どちらが、心が痛まないか?
バカな質問だが、このようなことを、本気で、議題にする種類の人間がいる。
バカな質問・・・と、NAは言ったが、
この言葉の意味を”取り違え”られると困るから、はっきり記しておこう。
「そんなの比較できる問題じゃあない!」
政治家やマスコミ。
ときには、警察や軍(日本にはないけど・・・)まで、この類の問題で言う。
「日本人(わが国の人間)じゃなくて、良かった・・・」
まだ日本は、マシかも知れない。
軍隊や情報機関のある国家では、教育機関を通じて、
敵勢国家への対抗心とナショナリズムを喚起させるような教育を行うことがある。
ある種の洗脳教育とも言えるが、実は、それほど珍しい話でもない。
戦前の日本(旧日本軍)を引き合いに出すと、
抵抗を感じる人も少なくないかも知れないので、現在の国家で言えば・・・。
中華人民共和国や朝鮮人民共和国。
もちろん、アメリカや欧州各国、中東地域。
オーストラリアや東南アジアの諸国などでも、通常の教育とあわせて、
自然にやっている。
地域社会の概念をひろげた国家というものを認識させていく過程で教えていく。
これを異常だとは感じるのは、第二次世界大戦後、
軍や秘密警察が解体された国家に住んでいるからで、
ミリタリーマニアでもあるNAには、むしろ納得できるものが多くあった。
例をあげるなら・・・。
「9・11テロ以降のアメリカの極端な中東侵攻」
9・11テロ以降、米国では、あらゆる反社会的な行為や公共機関への抵抗を
”テロ”という大きな”くくり”で処理してきた。
政治的な問題すらも、単純化したため、
多くの人々が”テロ”という言葉に踊らされていた。
当時、NAは、それに強い違和感を覚えたものです。
”愛国心”という言葉が出てくる度に思う。
その愛する国家に住んでいる”極悪人”と、敵対国とは言え、
平和で健全な生活を送っている”住人”となら、どちらを愛するべきか?
疑問にもするまでもないこと。
それでも、”愛国心”を煽られて、
まともな倫理観すら失って狂気の行動に出るものが現れるのは、
東西を問わず、どこの国家でもあること。
認識の低い”愛国心”を意図的に操作していくのも、
国際政治での政治的な技法なのかも知れない。
このまま日本が軍隊を保有しないで済むことは、
ミリタリーマニアでもあるNAでも、願っている。
何故なら、
世の中には「アブなかっしいオモチャほど、使ってみたい」
と思う人が少なくもない。
すべてが、そうではない?
そう思いたいだけじゃないのかは、いずれ分かること・・・。
少なくとも、隣の国が、そうでなければ・・・とは思っているのですが、ね。
蛇足:
ハロウィンが近づいてきた。
欧米では、クリスマスに匹敵するイベントだが、
あまり楽しい気分にはなれない。
数年前、不幸な事件で、日本人の留学生が亡くなったことを思い出すからだ。
出来ることなら、多くの人に覚えて(忘れないで)おいて欲しいことなのですけど、ね。
(ハロウィーンに関する去年(2009年)の記事)
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