This is the football !長野市で活動していた吉田サッカークラブです。

活動期間1997年4月~2021年3月です。活動時はチーム公式ブログ、休止後はサッカー関係の随想をつづっています。

昇格、降格

2010年12月06日 | サッカー
昇格の週末でした。

まずはAC長野パルセイロ、JFLへ昇格おめでとうございます。
エルザ時代からの悲願かないましたね。
長かったですね!M田GM!

長野エルザ、北信越優勝!!

これで全国レベルの試合が年間18回も南長野で見ることができます。

すぐに3月にはJFL開幕ですよね。
がんばって下さい。

その他の雑感は”まずは一番乗りです”

の松本を長野に読み替えて下さい。


とにかく!
すぐに北信越に帰ってこないでね。


我が家の最大のニュースは、息子の高校のユースリーグ2部昇格でした。

春先から始まったリーグ戦。本戦が終わった後の順位決定リーグ、4地区の勝者によるチャレンジトーナメント、そして入替戦と長い道のりでした。

土曜日、シーズン最後の入替戦は今までがんばったごほうびのように千曲市サッカー場(人工芝)のすばらしいピッチで好天の下開催されました。

思えばいろいろありました。
夏場に3年生が引退してメンバーも大きく変わりました。
修学旅行から帰ってきた次の日に試合があったり、けが等で試合に出られない人も代わる代わるでした。

そんな中、1試合1試合積み重ねてきました。
今思えば、あの1勝、あの1点が重みを持って思い出されます。
1年で2部に戻るという目標に向かって、みんなよくがんばったと思います。
継続する力が最後に物を言う厳しいリーグ戦、そして負ければ後がない決定トーナメントを続ける中で、チームも見違えるくらい成長しました。

最後の試合も苦しんだ経験がしっかり生きていました。
2-0のリードから前半終了間際に1点返されるいやな展開。
後半開始早々も守勢に回りました。今までなら同点、逆転される場面。
しかし、そこから逆に3得点して突き放しました。
お見事。


そんな中、息子は春にひざを大怪我してしまい、復帰して練習に参加出来るようになったのがやっと7月。
シーズン途中から交代で出場できるようになり、終盤は先発で使ってもらえるようになりました。
最後の大事な試合ではフル出場して得点まで決めました。

サッカーが出来ない間もくじけずによくがんばったと思いますし、支えてくれた友達や先生方にも感謝です。
気持ちよくシーズンオフ(外サッカー)に入れるかな。


最後に、FC東京がJ2へ降格しましたね。
あれだけの選手、日本代表選手がいるのに降格とは...。
いくら個に優れていてもチームとして機能しなければこういう結果になるんですよね。

羽生選手は
「このメンバーで落ちるはずがないと誰もが思っていた。それが甘さだった。」
やっぱりサッカーの神様はそういう緩みを見逃しません。

情状酌量も何も入らない、厳然たる結果・数字のみでそのチームのランクが決まるという厳しい世界です。

上がるチームあれば落ちるチームあり。
それはJだろうがユースリーグだろうが変わりません。
その厳しさがサッカーのリーグ戦の楽しさです。