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お城は大好物!

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箕輪城&高崎城&一郷山城に登城!

2010年07月29日 | 登城!!
日本100名城16番 箕輪城に登城!

案内図を念入りに確認していざ登城の瞬間


戦国当時、武田信玄に何度もロックオンされた箕輪城。
それを当時の城主だった長野業政が何度も追い払った。
でも信玄は超しつこいので業政はこんな遺言を残した。

我が葬儀は不要である。菩提寺の長年寺に埋め捨てよ。
弔いには墓前に敵兵の首をひとつでも多く並べよ。
決して降伏するべからず。力尽きなば、城を枕に討ち死にせよ。
これこそ孝徳と心得るべし。


悲劇の舞台 箕輪城


こんな遺言されちゃったのが当時17歳くらいだった嫡子の業盛。

風林火山の暑苦しい武田信玄軍団がしつこく攻めてくるよ。
武田軍2万VS城兵1500・・上杉謙信の援軍も間に合わない。
業盛は何度か城門から討って出たりして力の限り奮戦したけど
最期は本丸奥の御前曲輪にあった持仏道堂で自刃して果てた。



春風に梅も桜も散り果てて名のみぞ残るみわの山里

業盛クンの辞世の句・・・なんて切ない!!

信長や信玄や謙信たちビッグネームの側から書かれた小説じゃ
わからないし描かれないドラマ。でもそれも戦国のリアル。

箕輪将士慰霊碑に思わず合掌


外へ討って出た後、死を覚悟した業盛はどんな思いで
本丸を通ったんだろう・・何もない風景にふと思う。

あっさり城を明け渡すアホな武将はどうでもいいけど、
命がけで城を守って散った武将は色々と思うところが。

高崎城へ登城


悲しみの箕輪城を後にして高崎城へ。
高崎市内のオフィス街にひっそりと佇む移築された現存櫓と門。



石垣の上に見える近代ビルがプチ珍百景風w

破壊の後に立つ一郷山城


一郷山城は戦国時代の初期に平井城と一緒に作られて、
戦国時代の中期には廃城になってしまったお城。

城といってもその時代、どっちかといえば砦。
城にしたって天守閣なんてもちろん、立派な建物なかった時代よ。
ベースは土塁や堀や堀切なのに適当に建てたこともアンビリーバボーだし、
もっと驚くのは貴重な遺構を破壊してこの模擬天守閣を造ったこと!

そんな嘘っぱちの天守閣を無理して建てなくたって、
ここに戦国時代、城があったことは事実なのに。
遺構を残して公園とか整備されるのは素敵だと思うけど、
それを壊してまで模擬天守を造ることにどんな意味があるのだろう。

吉井町が何のために一体いくら使って建てたのか知らないけど。
そして維持費が毎年いくらかかっているのか知らないけど。

天守や櫓がなくてもあたしは城が好き。
その時のこと考えたり妄想したりするのがセットだから、
城があったということと、城を感じさせるものがあればいい。

今、あんまり適当な城風建物は建てられなくなったらしいけど、
税金を使うのなら貴重な遺構を発掘調査して残す方にしてほしい。

お城が好きなもののはしくれとして、それを確かめたくて行った
箕輪城、高崎城ついでの一郷山城登城なのでした。


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金山城登城と忍城リベンジ

2010年07月21日 | 登城!!
足利氏館から20分。ナビを頼りに車を走らせ
日本100名城17番 金山城へ登城!

復元とはいえ、石垣好きにはたまらない城跡。
靴ずれがなんだ! 疲れても絶対頑張るぞ。

登城口の案内板に覚悟を決めた瞬間


ここまで相当の山道、楽に車で来たくせにw
あたしがみたい復元された虎口は、やっぱ一番奥か・・。

足軽だったらとっくに死んでたと思われる


ゼエゼエ息切れしながらも、ここにたどり着くまで
竪堀も木橋も物見台も馬場曲輪もみんな見たわ=3

すべてはこの目であれを見るためよ。

さぁ、本やサイトで見たあのアングルで写真を撮るのよ!!

総石垣の大手通路にうっとりだった瞬間


よっしゃ 撮ったどぉぉぉぉーーーーー!!(鼻息荒い)

ああ、石垣。石垣。石垣・・・復元でもこれはいい!!

関東の中世山城に総石垣の城はないといわれていたのに、
調査、発掘してみたらそれまでの定説を覆す大発見とくれば、
復元に気合が入るのも思わず納得。本当にすごい迫力よw

体力のないあたしには軽く登山でしんどかったけど、
おっさんグループに途中、普通に抜かされたけど・・・
思い切って来てよかったと感動し、しばし妄想。

復元でもこの迫力だから、当時のまま残っていたら
どんだけすごいんだろう・・ふと竹田城を思い出す。

日本100名城17番スタンプゲットの瞬間


せっかくだから石碑を入れて土塁石垣も撮っておく。
ただ石が並んでいるだけなのになんで石垣って素敵なんだろうw

スタンプはこの後ろの休憩所の中でひっそりとゲットw

難攻不落の意味が分かる瞬間


岐阜城の時も思ったけれど、誰が考えてもやっぱ無理よね。
山城が難攻不落とか堅固とか、守るに易く攻めにくいと言われる理由、
実際にその場でフィールドを体感すると尚いっそうわかるし納得。

内通者作るとか、少数精鋭を何とか送り込んで扇動とか・・
いろんな武将がやった作戦になるほどなと思ってしまう。

もうひとがんばり、実城にも行ってみた瞬間


石垣を見たからもういいかな・・とも少し考えんだけどw

ものすごい暑さと脚のだるさに耐え、もうひとがんばり。
城主の御殿があったという実城・・天守曲輪跡へ。

ま、ま、あたしは石垣の虎口見に来たんだから・・・ガクッ。

もと来た道をヨロヨロしながら車まで戻り、
エアコン全開復活したところで戻りがてら行田市の忍城へ。

リベンジ完了!!


あたしは心に決めたことは絶対実現するわ=3

思いがけず雨の登城となり、相当いけてなかった忍城

今回は天気ばっちり。いつ来ても人はたいしていやしないw
雪景色はありだけど、城姿は雨とか曇りはありえない。

東門もばっちりだった瞬間


前回とはまるで見違えるようw
この前は萎え萎えでろくに写真も撮らなかったけど、
今回は周囲もぐるりとゆっくり見て回りましたw

もう再登城しなくて済むー!!


忍城の時の鐘だよ。

今回はルート上にあったから再登城リベンジしたけれど、
郷土博物館の特別展示「忍藩主松平家と東照宮」も見たくて。

忍藩と言えば老中7人も出してて地味だけど幕府にとって大事な家。
歴代藩主の書画を見ると、まじめで賢くて品が良くて・・って感じw

何気に徳川家康が幼少期に書いたという「春夏秋冬花鳥風月」と
練習した手習いの書なんかもあったりしてちょっとお得。

忍城内の郷土博物館の特別展示は結構、あなどれないのよ。

ハチに注意の張り紙にデリカシーがなかった瞬間


藩校の表門だったという移築門は忍城の中でも見どころの一つなのに
「ハチに注意! くまばちが屋根に巣を作っています」の張り紙が('A`)

気遣ってくれるのはありがたいけど、雰囲気が台無しだよぅ。


朝5時に起きて精力的に巡った今日は1日に4城で帰宅は2時。
無理してこの際、川越城や岩槻城にも・・と思ったけれど、
それは関宿城と次回のお楽しみということに。一人運転睡魔辛い!!


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館林城&足利氏館に登城!

2010年07月20日 | 登城!!
2時間前後圏内をおろそかにすると登城の機会は一向に増えない。

で、3連休の初日。朝5時に起きて効率よく廻ってきたw
仕事も城巡りも効率を考えることはとっても大事よ。 

館林城に登城の瞬間・・ん?


家康が関東に来た時、四天王の一人である榊原康政が入場した館林城。
10万石の城も、今は館林市役所の敷地内にひっそりと遺構を残すのみ。

効率を考えて登城のルートは念入りに考えるくせに、
現地のことは毎回、ろくに調べもしないあたしは、
何度か「どこ行きゃいいの?」と困惑する目にあっている。

今回もそう。車を停めてから市役所の掲示板を見て場所を記憶。
1本道だから楽勝~なんて思っていたら石碑しか見つからない。

えーー!! あたし復元した門が見たいんだけど!!

うろうろした挙句、ようやく見つけた


朝から暑いし、この先3つ・・しかも山も控えてるから
無駄に掲示板まで戻りたくない!! と思いながらウロウロし、
結果、おそらく相当、無駄に歩いてやっと土橋門を発見w

門をくぐったら「はい、終了!」だった


・・・いいんだよぅ。だって館林城はついでの登城だもの・・。
遺構が少ないけど今日のルート上にあったから登城したんだもの。

単品で存在する土塁や水路はスルーして、次の足利氏館へ。

「城じゃないじゃん・・・」と思った瞬間


日本100名城15番の足利氏館。現在は鑁阿寺というお寺。
駐車場が近くに見つからず少し離れた市営駐車場から汗だくで到着。
鎌倉時代の武士の館の面影が・・と言われても、
実際見るとやっぱり、土塁や堀に門だけじゃなぁ・・と思っちゃう。

はて・・寺巡りだったかね?


門をくぐった途端、うっかり名所旧跡巡りに変更Σ(゜Д゜)!
この経堂は重要文化財。室町時代の建立なんだって。
大修繕されているから綺麗すぎちゃってあまりピンと来ない。

ぼろさ加減に納得



本堂と同じで鎌倉時代に作られたものらしい。
これくらい古い感じなら何となくピンと来るw
本堂もどれくらい・・と思いきや瓦葺き替え工事中で、
無情にも全面シートに覆われ、チラとも見えずΣ(゜Д゜)!

本堂で手を合わせ、お守り販売のところでスタンプゲット!

足利氏館スタンダードな写真はこれだ!


犬の散歩してたおっさんが「よくここから撮ってるよぅ」
と親切に教えてくれた場所から王道のスポットを撮影w

武家の館の門だと言われればそうなんだと思うし、
でもこういう門、古い寺とかでよく見ない?とも思う。

堀の巡った敷地の様子とか「館」の様子がよくわかるけど、
ごめんなさい・・興味薄いからどうも妄想がわいてきません。

スタンプもらったから鎌倉なんかもういいわ!!

あたしはこの後、太田市行って本日のメイン登城、
超ウルトラな石垣見にいくんだから=3=3


・・次回に続く
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鉢形城と菅谷館に登城!

2010年07月18日 | 登城!!
灯台もと暗し・・・いつでも行けるシリーズで後回しにしていた鉢形城。
土曜の朝、起きたらお告げがあったのでふら~っと行ってみた。

日本100名城18番 鉢形城


三の曲輪に復元された四脚門。美しすぎる!

最大の見どころ 復元された石垣


青い空に城・・まぁ正確には門と石垣だけど良く映える。
夏の城巡りは嫌いだけど城の明陽の部分が写るからいい!!
枯れ木枯れ草の中に佇む暗陰な感じも捨てがたいのだけれど。

立派な資料館 門は移築で貴重な遺構のひとつ


三の曲輪近辺も頑張ってたけど資料館もやけに立派よね。
この中に「日本の100名城」スタンプ「18番鉢形城」がある。
スタンプを無事にゲットして200円払い、資料館の中へ。

土曜日だというのに誰もいなかったので、大音量で恥ずかしいけど
3Dでよみがえるバーチャルシアター的な鉢形城の説明を全部見てしまったw
たいした資料はないけど鉢形城の仕組みが詳しく説明されててよい!

堅固さがうかがえる瞬間


切り立った崖・・・高い!! 荒川の急流というやつもよく見える。
これじゃ、こっち側から攻めるのはヘリでもなけりゃ無理よね。
防御に優れているっていうのがとても分かりやすい地形。

豊臣軍三万五千に囲まれて三千の兵で1ヶ月持ちこたえたの。

菅谷館跡


せっかくだから近くのあまりイケてない城にも寄ることを思いつき
登城のお伴、マイ城手帳を出して車の中で涼しく登城先を物色。

嵐山にある菅谷館という超マイナーすぎる城跡に行ってみる。
菅谷館跡なんて超~マニアックw 昨今話題の歴女なんぞは来やしまい。
つうか埼玉の地味な城跡(結構数はある)なんてマニアしか見ないよね・・。

遺構といえば本物か嘘か今となってはか分からない土塁と・・。

復元木橋


もうちょっとお金をかけてほしかった。
あとは堀(言われなければわからない)とか堀とか堀とか・・。

でもさ、ここ鎌倉武士の鑑と言われた畠山重忠という立派なお侍の
居館だったと言われているところで、戦国時代も北条家が使ってたし。

畠山重忠くん


城跡はしょっぱいけれど、隣には立派な県立博物館がある。
建物は立派だけど展示品と展示コーナーはわりと控えめw

その展示室入り口にて。大鎧に坂東武者の風格漂う畠山重忠くん。
目の前に立つとギシギシ音をさせながら身振りを交え、話を聞かせてくれる。

誰もいない展示室・・・せっかく話してくれるのに何だか悪くて、
畠山くんの一代話、ついつい最後まで聞いてしまったΣ(゜Д゜)!

人望の厚い御家人だったと言われる畠山くんらしく、
北条氏に騙し討ちされた非業の死について自らは何も語らなかったよw


しょっぱくてもいい!! がんばれあたしw


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